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第四話 四
夕食は一階にある大広間で一斉にとった。クラスごとに一列に並び、旅行委員長の合図で食べ始める。きれいな御膳に女子から歓声が上がる。料理はとても美味しかった。
風弥はさっきの女性の事が気になって、食事の最中もあたりを時々見回していた。だが、それらしき人物は見当たらなかった。
食事が終ると、班長会議が待っていた。班長だけ大広間に残り、明日の連絡を受ける。
二十分程で会議は終わり、風弥は一斑の班長の康雄と共に部屋へと向かった。
「風弥の班は明日どこ行くんだ?」
帰りがけの廊下で康雄が聞いてきた。
「実は俺、良くわかってないんだよね・・・」
風弥の口から不安の溜息が漏れる。
「場所決めのとき、俺体調悪くて天野さんに任せちゃったから」
「じゃあ、何か。風弥の希望は無しか・・・」
「・・・そうだね。でも、別にいいんだ。特に行きたい所なんて無いし」
風弥は手を頭の後ろに組んで笑った。
「あ・・・」
康雄はふと何かを思い出した。
「いっけねぇ・・・大広間にシャーペン忘れちまったみたいだ」
ポケットの中を確認する康雄。
「圭太の事、笑えないなぁ・・・。風弥、先に部屋へ戻っていてくれ」
康雄は来た道を走り、奥へと消えてしまった。風弥は一人歩き出す。
旅館の風景を見ながら風弥はゆっくりと足を進めた。全体的に落ち着いた、柔らかなクリーム色で統一された壁には、美しい日本画が飾られていた。
風弥は腕時計に目をやる。九時を少しまわった時間だった。入浴までまだ時間もあるし、折角だから旅館の中を探検する事にした。旅館の中は迷路のように複雑に入り組んでいる。風弥はしおりを片手に小さな冒険を始めた。
「明日の『旅館企画の出し物』ってなにやるんだろう・・・」
風弥はしおりをめくりながら、独り言を呟いた。その姿は好奇心の塊である。
部屋へと向かう通路とは反対に曲り、ひたすらに歩く。暫くすると左側の壁がガラスに変わり、中庭が一望できた。
「・・・うわぁ・・・」
思わずガラスにへばりつく風弥。苔に埋め尽くされた庭に、飛び石がバランスよく配置され、清らかな水が中央の池へと流れ落ちていた。時間を忘れ見とれていると、風弥の耳に話し声が飛び込んできた。
声のするほうに顔を向けると、廊下の角にある休憩場で、女性が携帯電話で話しこんでいた。
「・・・さっきの・・・」
風弥が呟く。その女性は圭太のしおりを届けにきた女性だった。なにやら、深刻な顔をしている。電話に夢中で風弥には気がついていないようだ。
気になって、風弥はゆっくりと近づいて行く。電話の声は段々はっきり聞こえるようになってきた。
「・・・そういうわけだから、お願い・・・来て・・・」
女性はか細い声でそう呟くと、電話を切った。
「誰!」
気配に感づき、女性は素早く後ろを振り返った。その視線の先には小柄な茶髪の少年、つまり風弥が気まずそうにつっ立っていた。女性は安心したように溜息をつく。
「・・・おやぁ、迷いはりましたか?」
膝に手をあて、風弥に目線を合わせ女性が話し掛けてくる。どうやら迷子と勘違いしているようだ。
「・・・いや・・・その・・・ええと・・・はい・・・」
まさか立ち聞きしていたなんて言える訳無い。風弥はとっさに頷いた。
「どちらさんの小学校でおあしますか?」
「・・・へ?」
一瞬の沈黙が流れた。
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