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第四話 伍
「ほんに、申し訳ありまへん。今日は学生の団体さんが多くて、てっきり小学生やと・・・」
女性は気まずそうに何度も謝る。二人は休憩場のソファーに向かい合わせに座っていた。風弥の前には、お詫びの品である缶ジュースが置かれている。
「いいですよ、気にしていませんから・・・」
本当は物凄く気にしている。しかし、こうも丁寧に謝られたんじゃ水に流すしかない。
「・・・あの、さっきの電話と俺に話しかけた時、言葉が違っていましたよね・・・。東京弁?って言うのかな・・・」
風弥は恐る恐る聞いた。京都弁と標準語の違い。それは明らかだった。
「・・・あっ、やっぱり気がついた?」
女性は、しとやかな雰囲気から元気な様子に一変した。
「私ね、根っからの京都っ子じゃないから、どうもこっちの方が性にあっているみたい」
長いまつ毛が縁取る二重の目が、三日月になる。美しい花そのものに見えた。
「ねぇ、君名前は?」
「・・・風弥です」
風弥は見とれていてついつい反応が遅れてしまった。
「風弥君かぁ・・・かわいい名前ね」
楽しそうに女性が笑う。それがとても綺麗で、風弥の顔は真っ赤になっていた。
「私は『鶴祗』、ここの旅館の若女将なの。風弥君はどこから来たの?」
女性―鶴祗は名乗るとすぐに風弥に新たな質問をぶつける。
「・・・埼玉です」
二人きりの空間で、風弥の心臓は早鐘のようになっていた。
「うわぁ、偶然。私の弟も、今埼玉に住んでいるの」
「弟さんがいるんですか?」
「四つ違いだから今二十一ね。あいつ全然こっち来ないから、一体何しているのか、さっぱりわかんないのよ・・・。困ったものね・・・」
頬に手をあて、溜息をつく鶴祗。
「だからね、さっき久々に電話したの」
嬉しそうに携帯を取り出す。
「さっきの電話弟さんだったんですか・・・」
「そう、『風邪ひいちゃって熱高くてもうダメ・・・そういうわけだから、お願い・・・来て・・・』ってね」
鶴祇は携帯を耳元に当て、か細い声で迫真の演技を再現する。それは見事なもので、女優なんかやったら、美人だし絶対売れるだろう。風弥はそんなことを考えながら見とれていた。一方の鶴祇は再現を終えると、すぐに笑顔を作る。
「明日には飛んでくるよ、アイツ。風弥君にも紹介するからね」
「・・・はぁ・・・」
風弥は楽しそうに笑う鶴祗を見て、その弟さんがかわいそうに思えてきた。
日付は変わり、修学旅行二日目の朝を迎えた。夜遅くまで騒いでいたため、みんな寝起きが悪い。
「ほら、起きろ!」
担任の広田が強引に布団をめくった。風弥は寝ぼけ眼で起き上がる。
「朝食は七時からだぞ!遅れるなよ!」
忙しそうに広田は走り去った。隣の部屋から全く同じやり取りが聞こえてくる。
「・・・先生も大変だな・・・」
風弥は大あくびをしながら、布団を部屋の隅によけた。まだ寝ている靖則と圭太、英紀を、康雄、悠介と手分けしてたたき起こし、顔を洗ったり身支度を整える。
全員の仕度が済むと室長の悠介が鍵をかけ、昨日と同じ大広間に向かった。
大広間には、学生、教職員全員の朝食が整然と並んでいた。仲居さんが手早く温かい味噌汁を並べていく。早い生徒はもう膳の前に座り、隣や向かいの生徒と談笑していた。
風弥達が来た頃には、殆どの生徒が大広間に揃っていた。座敷の入り口で、席を探していると、鶴祗が味噌汁の盆を持って近づいてきた。
「よう眠れましたか?風弥はん」
宿泊客の前では京都弁だった。やはり、営業用らしい。
「はっ、はい」
風弥は頬を赤らめ、背筋を伸ばす。
「たんとお食べになっておくれやす」
鶴祗は何事も無かったかのように、再び配膳へと戻っていった。風弥は心底驚いていたが、それ以上に驚いていたのは周りの人間だった。
「おい、どういう事だよ風弥!」
英紀が風弥の肩に手をまわした。
「戻ってくるのが遅いと思ったら、そんな事してたのか・・・」
何を想像しているのか、康雄は怪しい笑みを浮かべている。
「やるねぇ風弥」
悠介がはやし立てる。
「水臭いなぁ・・・」
靖則も追及に参戦した。
「・・・何、何?」
状況を良くわかっていない圭太まで混ざり、風弥は大パニック寸前になっていた。
「ちょっと、みんな・・・何考えてるんだよ!」
風弥の顔はみるみる赤くなっていく。
「こら!根本達さっさと座れ!」
マイク越しに広田の声がした。辺りを見回すと、風弥達以外はもう席に座っているので、風弥達六人は慌てて席に着いた。周りからはクスクスと笑い声が聞こえてくる。
「・・・なにやってるのよ。まったくもう・・・」
恭子が恥ずかしそうに、不満を口にした。
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