第四話 参

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第四話 参

 

 

嵐山の老舗旅館『はなかがり』に到着した頃には、既に日が沈み月や星が顔を出していた。あらかじめ旅館に送っておいた荷物を手にした風弥は、相部屋のメンバーを探した。班員でもある池田悠介・森村靖則の他に、飯野康雄・高田英紀・山本圭太の合計六人だ。
康雄と圭太は一班、英紀三班の班員で、風弥とも仲がよかった。特に康雄は吹奏楽部の部員なので、何かと部活の話をしていた。全員いることを先生に報告してから、室長である悠介が部屋の鍵を受け取り、階段を上がる。四階の『茜』という部屋のプレートに名前の紙が垂れ下がっていた。引き戸を開けると、掃除の行き届いた和室が広がっていた。
「結構広いじゃん!」
英紀が嬉しそうに畳の上に寝そべった。
「俺、室長会議行ってくるから」
悠介は荷物を置くとすぐに外へと飛び出した。他のメンバーは悠介を見送った後、思い思いにくつろぐ。
「あっ、八橋がある。食べよう!」
そう言ったのは山本圭太だった。中央のテーブルには、お茶のセットと生八橋が人数分用意されている。圭太は真っ先に手を出したが、康雄が立ちはだかった。
「そういう事は、着替えてからにしろ!」
「・・・ちぇ・・・」
残念そうに圭太が拗ねる。
風弥達はとりあえず荷物を隅っこに押しのけ、制服から私服へと着替えた。テーブルを囲んで座り、康雄と圭太がお茶を用意する。お茶請けは生八橋と今日の奈良見学での出来事だった。鹿に襲われた事、道に迷った事、大仏の大きさに驚いた事。次から次へと話題は尽きない。暫くして悠介も戻り、話は益々盛り上がった。その時、
「失礼します」
ふすま越しに、聞きなれない女性の声が聞こえた。六人全員は話を止める。ふすまが開き、淡い紅色の着物に長い茶髪を団子状にまとめた女性がにこりと微笑みかけた。
「山本圭太という方は、どちらさんで?」
「えっ・・・おっ、俺ですけど・・・」
圭太は驚いた様子で前に進み出る。
「これが玄関ロビーに落ちてはりました」
柔らかな京都弁と共に、差し出されたのは修学旅行のしおりだった。
「あ・・・」
圭太が間抜けな声をあげた。
「バカ!しおり落としてどーするんだよ!」
康雄が頭を叩く。圭太がボケ、康雄がツッコミ担当とこの二人は相場が決まっているのだ。
「すいませんわざわざ・・・」
まるで、親のように康雄が謝る。女性は大きな瞳を細め、口元に笑みを浮かべる。
「いいえ、たいしたことありまへん。お夕食の仕度が出来次第、館内放送が入りますんでそれまで、ごゆっくり・・・」
一礼して女性は身を翻し去っていった。
「・・・今の人、すっげえ美人だったなぁ・・・」
靖則が身を乗り出してきた。風弥達も密談の如く、テーブル中央に身を乗り出す。
「仲居さんかな・・・」
圭太が意見を述べる。
「あの格好からして若女将って所じゃないかな・・・」
続けて英紀が言う。
あの女性は何者か・・・結局この討論は夕食の放送がかかるまで続いた。

 

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