第四話 七

書庫目次に戻る

第一部目次に戻る

第四話 六に戻る



 

第四話 七

 

 

二人組が声に反応し、風弥の方に近づく。
「風弥じゃないか!どうしてここに・・・」
元希は驚きの表情で薄紫色のサングラスを外し、鞄にしまいこんだ。
「それはこっちの台詞だよ!何で京都に・・・」
「風弥、知り合い?」
悠介が首をかしげる。風弥は慌てて向き直る。
「まぁ・・・そんなところかな。こっちが元希。で、奥にいるのが磨雪さん」
二人が会釈をする。悠介もぎこちなく頭を下げた。
「元希さんって・・・風弥の近所に住んでた・・・」
風弥は何度か元希の事は悠介に話していたので、今更説明する事も無かったようだ。
「んで、こっちが『池田悠介』俺の友達」
今度は悠介を紹介する。元希達にしてみれば全く面識が無かった。
「あ・・・そっか、風弥は修学旅行中だったけ」
学生服姿を見て、元希はようやく気がついたようだ。
「そうだよ。何で元希達がここにいるんだよ!」
旅行先で知り合いに会うと、何故か無性に恥ずかしくなる。風弥の機嫌は悪かった。
「・・・尾行」
磨雪が簡潔に答えた。
「は?」
風弥と悠介は一斉に首を傾げる。元希は暫く考え込んでから話を切り出した。

今日の朝の出来事だった。元希は、ケンと磨雪のマンションを訪ねた。今日は木曜日、大学に行く必要が無い日だ。普段ならそれを知っているケンと磨雪が、毎度押しかけてくるのだが、不思議な事に今日は姿を表さないのだ。心配になった元希は様子を見に来たのである。
「おーい、ケン、磨雪、起きているか?」
元希は二回呼び鈴を鳴らした。しかし、反応は無かった。磨雪はともかく、ケンまで来ないのは珍しい。元希はそう思いながら、ドアノブに手をかけた。
玄関の鍵が開いている。元希に緊張が走る。
「まさか・・・」
様々な事態を想定しつつ、元希は慎重にドアを開けた。足音を消して、元希は居間のドアを静かに開けた。そこには、寝巻きである浴衣姿の磨雪が床に倒れこんでいた。
「磨雪!」
元希は駈け寄り、磨雪を抱き起こす。強盗に襲われたのか。元希は磨雪の体を揺すった。磨雪の瞼が微かに動き、ゆっくりと目をあける。
「元希・・・」
「しっかりしろ!何があった!」
「・・・寝てた・・・」
その瞬間、元希の緊張の糸がぷっつりと切れた。・・・なんともベタなオチである。
「・・・ケンは?」
眉間にしわを寄せながら、不満そうに磨雪に問いかける。
「京都だって」
元希の動きが一瞬止まる。
「はぁ?」
元希が間抜けな声をだした。磨雪はテーブルの上の紙切れを指差す。
『急用ができたから京都に行ってくる。いつ戻って来れるかわからないけど、むこうに着いたら連絡するから』
それは間違いなくケンの字だった。急いで書いたらしく、所々字が曲っていた。

「・・・で?」
風弥と悠介は声をそろえて言った。
「で、俺達ケンの後を追ってきた訳だ!」
元希が妙に自信満々でふんぞり返る。
「でも京都って言ったって、広いですよ。具体的な場所も書かれていないのに、どうして、その・・・ケンって人が嵐山にいるってわかったんですか?」
悠介が疑問を口にする。風弥も同意見だった。元希は気まずそうに視線をそらした。
「新幹線乗ってから気がついたんだが、そこなんだよなぁ・・・」
「何だよ、はっきりしろよ!」
「実は、そこまで頭まわってなかったんだよ」
コントの類なら、派手にすっ転ぶ所だろうが、風弥と悠介は狐につままれたような顔になった。
「んで、磨雪と話し合った結果、折角の京都なんだから観光することにしたんだ!」
普段は几帳面で冷静な元希だが、昔から変なところが抜けているのだ。風弥は改めて実感というか再確認した。
「磨雪は『西陣織が見たい』っていうから、西陣織会館行ってみたけど、予約制で見学できなかったんだよな・・・」
元希の言葉に合わせて、残念そうに磨雪が頷く。
「じゃあ、なんで嵐山に・・・」
風弥が不満いっぱいに睨んだ。そのまま帰れば良かったのにと言いたげだ。
「あ、それは俺。どうしてもこれが欲しくって・・・」
元希は嬉しそうに鞄から、茶色の包みを取り出した。
「何それ?」
風弥は首をかしげた。
「鬼おろし。竹製のおろし器なんだ」
元希は満面の笑みをたたえて、風弥の質問に答える。
「高校の修学旅行でここに来た時、家用に買って行ったんだけど、これの大根おろし美味しくってさー。自分用欲しくなったんだ。今度風弥にも、これでパスタ作ってやるからな」
・・・風弥は返す言葉が無かった。深い溜息をついた時、風弥は昼間のホームでの出来事を、フラッシュバックした。
「・・・じゃあ・・・あの時見たのは、やっぱりケンさんだったのかな・・・」
風弥はポツリと呟く。
「え?」
今度は元希が驚く番だったが、思いがけない邪魔が入った。

 

第四話 八へ