第三話 四

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第三話 四

 

 



公園には誰もいなかった。真新しいベンチに腰掛け、空を仰ぐ。青々とした木々が風に揺られ、心地よい音が耳に入ってくる。
あまりの気持ちよさに、風弥はうとうとし始めていた。ここで予想外の出来事が起こった。
「チービ助!」
聞き覚えのある声が、空から聞こえた。驚いて飛び起きると、目の前に『花鳥風月』のベース『美咲ケン』の顔があった。
「・・・」
しかし風弥の意識は半分しか認識をしていなかった。
「・・・なんだよ、面白くねえ・・・」
風弥のリアクションの薄さに、ケンは幾分不満そうだ。
「まいいか、ちょっくら付き合え」
ケンはベンチの後ろから、風弥を強引に抱え上げた。さすがに目の覚めた風弥は、顔を真っ赤に染めた。
「けっ・・・ケンさん!」
バランスの取れた体格のケンは、小柄な風弥を軽々と小脇に抱え、公園を出る。
「降ろしてよ!一人で歩けるって!」
誰かに見られてないか。風弥は恥ずかしくて仕方なかった。顔から火が出るかもと本気で思ったくらいだ。
「無理すんなって。足痛くて休んでいたんだろ」
それを言われると反論できない風弥である。
「アメでも買ってやるから、おとなしくついて来いよ」
ケンは景気良く笑った。風弥は『俺は幼稚園児か?』と反論したかったが、この状況で何言ったって通じないと悟り、その言葉を飲み込んだ。
風弥は公園の脇に止められていた、ケンのワゴンの助手席に放り込まれた。ケンはエンジンをかけ、車を発進させる。
五分程して、大型スーパーの駐車場に車を止めた。
「早く降りないと置いてくぞ」
車を降りたケンは、キーをくるくると回しながら、助手席でふてくされている風弥に声をかけた。
「・・・いい。ここにいる」
風弥は鞄を抱え込んだまま、そっぽを向いた。
「好きなもん買ってやるから来いよ」
「・・・・・・」
風弥は誘惑に負けて渋々車を降りた。幸い足は大分楽になっていた。
スーパーの中は風弥が思っていたほど、人がいなかった。しかし、すれ違う人に必ず怪訝な顔をされた。小柄な中学生と、大柄で派手な男の組み合わせである。周りの人間には、一体どのように映ったであろうか・・・。
ケンは周りの視線なんかお構いなしに、カートの中に次々と野菜や肉を放り込んでいく。
「へーっ、結構マメなんだ・・・」
風弥は素直に感心していた。
「冷蔵庫をカラにしていると、うるさいのがいるんだよ」
ケンは調味料の棚にカートを進めた。
「・・・それって、元希?」
風弥は自分から墓穴を掘ってしまった。それに気づき、苦虫を噛み潰したような顔になる。今、自分にとって『元希』という名前は禁句のはずなのに・・・。
しかし、ケンは調味料の棚をなぞるように眺めていたので、風弥の顔を見てはいなかった。
「うーん、あいつは違うなぁ・・・」
ケンは首を傾げながら、マヨネーズに手を伸ばす。
「じゃあ、彼女?」
予想外の言葉に、ケンは思わずマヨネーズを取り落としてしまった。
「・・・なんでそうなる・・・」
ケンの顔は少し赤くなっている。
「え?だって・・・」
発言した風弥自身も上手く説明できずに困っていた。
「・・・とにかく、お前はとっとと欲しいもんもってこい!早くしないと勘定しちまうぞ!」
照れ隠しにも見える素振りで、ケンは風弥を菓子コーナーの方に追い飛ばした。
風弥はとりあえず、クッキーを一箱カートの中に放り込んだ。
レジを済ませ、買った物の袋詰を終えると、風弥とケンはスーパーを後にした。

車はまた暫く走った後、マンションの駐車場に止まった。ここがケンの住まいらしい。しかも、元希のアパートと目と鼻の先であったが、風弥はあえてその事にふれようとしなかった。
手分けして荷物を持ち、エレベーターで五階に上がると、ケンは一番隅の部屋のチャイムを鳴らした。
しかし、反応は無い。
「磨雪の奴、まだ寝てやがるな・・・」
「・・・まゆき?」
風弥は首を傾げる。玄関のチャイムをケンは乱暴に何度も鳴らした。
「磨雪!聞こえないのか磨雪!ったく・・・あいつめ」
ケンは諦めて、手荷物に邪魔されながらもポケットから鍵を取り出した。鍵穴に差込み廻すと、簡単にドアロックがあく。
ケンがドアノブに手をかけると、ドアが勢いよく開かれた。
しかし、それはケンがやった事ではなくドアの反対側にいる人間の仕業だった。

ケンの顔面は凶器と化したドアにぶつかってしまった。その攻撃の、あまりの痛さに、ケンの目にはうっすらと涙が浮んでいた。


 

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