第三話 参

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第三話 参

 

 



「おーい、風弥!」
風弥の目の前で誰かの手が動いていた。しかし、風弥は気に止めなかった。
「根本君!」
別の細い手が風弥の肩を強く揺する。はっと風弥は我に返った。
「えっ、あっ、ごめん。何だっけ恭子ちゃん・・・」
風弥は慌てて、手の方向に向きなおした。セミロングよりやや短めの髪をした少女は、眉間にしわを寄せ、神妙な顔つきだ。
「しっかりしてよ!根本君が班長なんだからね!」
風弥は状況を再確認した。今日は木曜日、今はロングホームルームの時間だ。三年生のどこのクラスも、二週間後に控えている京都への修学旅行の準備に追われていた。風弥の三年二組も例外ではなく、班別行動の相談の真っ最中だった。
風弥の行動班、二組六班は風弥を含め男子は三人、女子二人の五人編成だった。風弥の席にもう一つ机を合わせて、机を取り囲むようにイスを並べている。
「どこ行くか決まって無いの、うちの班くらいだよ!」
風弥に代わって、仕切っているのは六班の副班長の『天野恭子』だ。短めの髪を揺らし、気の強そうなつり上がった瞳で、風弥を睨みつける。彼女はクラス委員も務めているので、こういった仕切りは手馴れたものだった。
「俺、八木邸行きたい!」
挙手と同時に『森村靖則』が提案する。ボサボサの黒髪に、特徴的な大きい眼鏡をかけた、その表情はキラキラと輝いていた。
「刀傷とか生で見てぇ―っ!」
「えーっ、私嵐山でジャニーズの生写真欲しいなぁ」
反対意見を述べるのは、校内でも美少女と名高い『岩田明日未』である。胸の辺りまである髪を一撫ですると、大きな目を細め嬉しそうに手を合わせる。
「そんなもん、どこだって買えるだろう・・・」
大きなため息をつくのは『池田悠介』、風弥とはクラスの中で一番親しい友達である。
「・・・そういう池田君はどこ行きたいの?」
意見を却下されて、不満そうに明日未が睨む。
「・・・いきなり言われてもなぁ・・・」
困った様子で頭をかく悠介。中学生にしては大きな体が小さく丸まっていく。
こんな調子だからいつまでたっても決まらないのだ。風弥は班長の立場を忘れ、傍観者と成り果てていた。
「そうだよ、風弥!お前はどこ行きたい?」
助け舟を求めて、悠介が風弥に話題を振ってきた。
「えっ、俺?俺は・・・」
風弥が言いかけた瞬間だった。突然、眩暈が風弥を襲った。
「・・・っ」
風弥は机にもたれかかった。一瞬討論が止まる。
「大丈夫?根本君・・・」
恭子が風弥の額に手を当てた。
「顔色悪いわよ。保健室行く?」
「・・・平気。ちょっと休めば収まるよ・・・」
風弥の言葉を聞いて、恭子は心配そうな様子で手を離す。
「無理するなよ。お前、今週ずっと調子悪そうだもんな。何かあったのか?」
今度は悠介が、真剣な眼差しで風弥を見た。
「・・・何でもないよ。ちょっと寝不足なだけ」
ありきたりの嘘である。体調は最悪だった。
「だったら、早く寝ろよな。風邪でもひいて、修学旅行行けなくなったなんていったら、マジでぶっ飛ばすからな」
サッカー部のキャプテンを務めている悠介は、どうも血の気が多いらしい。
「・・・わかってるって」
風弥は精一杯明るい顔を貼り付けて頷いた。

放課後の校庭は運動部に占領されていた。風弥は吹奏楽部に所属していたが、今日は体調を考え、部活に出ないで帰ることにした。
昇降口で靴を履き替えるとき、両足に痛みが走ったが、大分軽くなってきた。鞄を肩にかけて校庭の植木に沿って、校門に向かう。
帰宅部の生徒のラッシュは終わり、人通りの少ない道をゆっくりと風弥は歩いていった。
ふと、元希の顔が頭の中に浮ぶ。日曜日のライヴ以来、何一つ連絡をとっていなかった。
「・・・元希のバカ・・・」
立ち止まり、愚痴をこぼす。同時に足の痛みが再発した。
なんでこんな事になってしまったのか・・・風弥は混乱していた。
だが、このまま突っ立っていたって何も変わらない。風弥は再び歩き出した。

この近くに、小さな公園がある。そこで少し休憩する事にした。


 

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