第三話 弐

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第三話 弐

 

 



ケンと朋之はそれぞれ着替えを終え、休息をとっていた。
「・・・あれ、チビ助は?」
ケンは飲み物片手に辺りを見回す。
「先ほど、上に走って行きましたよ」
朋之が見たままを報告する。
「土倉さんのところか・・・あいつも好きだな」
ケンはやれやれとイスに腰掛けた。
「風弥君、人気者ですから・・・」
そう言いながら朋之は、お菓子の袋に手を伸ばす。
風弥が『花鳥風月』に入ってもう一ヶ月が過ぎた。朋之には歳の離れた兄と妹がいるが、弟はいなかった。そのため朋之は、風弥の事を弟のようにかわいがっていた。
「おっ、噂をすれば。戻ってきたみたいだな」
ケンの耳が敏感に足音に反応する。足音は段々とこちらに向かってきた。
ドアノブが廻る。サングラスをかけた、ステージ衣装そのままの格好の風弥が姿を現した。
「・・・あれ、元希は?」
風弥は首を左右に振り、辺りを見回す。
「元希さんは、顔洗いに行ったよ」
答えるのと同時にお菓子を食べきり、朋之が本日三箱目の菓子を開封する。風弥は呆れ半分、感心半分でその光景を傍観していた。
「風弥、まだ着替えてないのか!」
後ろから元希の声が聞こえた。上の水道で顔を洗って来たのだろう。元希はタオルを首にかけていた。髪の毛はまだ汗で濡れていて、タオルに雫が滴り落ちていた。
「さっさと着替えろ!もうすぐ次のバンドが来るぞ!」
「はいはーい」
風弥は軽く返事をしてから、歩き出そうとした。しかし、元希の目の前で、衣装の裾を踏み派手に転んでしまった。慌ててケンが駆け寄る。
「おいおい、大丈夫か?」
ケンが手を差し伸べる。風弥はケンの手に捕まり、立ち上がろうとしたが急に体が宙に浮いた。
「!」
足が地面から離れ、パニックになる風弥。だが実際は、元希が風弥の両脇を抱え、抱き上げているのだった。
ふと元希を見上げると、元希は眉間にしわを寄せ、神妙な顔つきになっていた。
「・・・何?どうしたの?」
動くに動けず、風弥は元希を見上げる。
風弥の目には元希が怒っているように映った。元希がなぜそんな顔をしているのか、風弥には検討もつかなかった。
「・・・元希、何で怒ってるの?」
小さな声で、風弥は恐る恐る聞く。
「・・・足、見せてみろ」
元希は視線を風弥の足元に向けた。
「!」
風弥はとっさに顔を背けてしまった。元希は確信し、同じ言葉を繰り返す。
「見せてみろ!」
「・・・・・・」
風弥は視線を反らしたまま、口を固く結んでいた。
「なんだよ、チビ助。いいだろ」
険悪なムードの二人の間に、耐えきれないケンが割って入った。ついでに風弥のブーツを脱がしにかかる。
「やっ、やだ!やめろ!」
風弥は必死で抵抗するが、元希に抱えられているため逃げられない。
ケンは風弥の右足を掴み、ブーツを引き抜いた。
「!」
風弥の右足は、つま先と踵が真っ赤に腫れあがっていた。明らかに靴擦れである。左足に至っては、小指の肉刺が潰れていた。
風弥は観念しておとなしくなる。元希はそっと、風弥をパイプ椅子の上に降ろした。
「歩き方がおかしいと思ったら・・・全く、何で黙っていた!」
元希が足に触れると、風弥は痛みに顔をしかめた。
「僕、土倉さんに救急箱借りてきます!」
朋之は慌てて駆け出す。
「・・・せめて菓子くらい置いて行けって」
呆れたと、ケンが肩をすくめる。風弥は黙ってうなだれていた。
「いつからこうなっていた?」
元希は風弥のサングラスを外し、顔を覗き込む。
「・・・先週の、二回目のライヴで赤くなった。でも、そのままにしていたら今日のライヴで・・・」
言葉に詰まる風弥。申し訳なさそうに膝に置いた自分の拳を見つめていた。
「智隼の衣装だから、合わないんだろうな・・・」
ケンがブーツをまじまじと眺めながら言った。ケンの言う通り、智隼の靴は風弥にはやや大きかった。着物も同じ事が言える。調節しているとはいえ、体格に大きな差がある風弥では、動いているうちに次第に裾が下がってきてしまい、何度も踏んで転びそうになっていた。
「どうして、もっと早く言わなかった?」
「・・・ごめんなさい・・・」
風弥は今にも泣き出しそうだった。

その後会話は無く、重い空気の中で手当ては進められた。


 

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