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第六話 参
「そういえば、ケンさんどこに行ったんだろう・・・?」
一通りの回想を終えると、風弥は部屋を見渡した。
「ああ、ケンなら『たまには叔父さん達に孝行しなきゃな』って早くに起きて、旅館の手伝いに行ったぞ」
「えっ、じゃあ俺達も手伝ったほうが・・・」
「そう言ったら、『もう少し寝てろ』って断られたよ」
元希が穏やかに笑った。
「三時にここの玄関前集合だったな・・・」
急に話題を切り替え、元希は時間を確認した。時計の針は八時半少しを過ぎた所を示している。
「それまで何してる・・・?」
飲み干した湯のみ片手に風弥が呟く。親には昨日のうちに連絡は済ませてあった。布団に包まったまま、磨雪は静まりかえった室内で幸せそうに寝息を立てている。
沈黙が続き、段々と二人は焦りだした。
「どっか行くか・・・」
先に切り出したのは元希の方だった。
「どこに?・・・」
再び沈黙が空間を支配する。時計が針を進める音が異様に大きく聞こえた。
耐えかねた風弥と元希は一斉に噴出した。腹を抱え、テーブルにへばりつき、二人はこれでもかと言うほど笑い続けた。
フラフラと嵐山の街中を散策していた風弥と元希は、やがて天竜寺近くの竹林に到着した。
早い時間帯だけあって、風弥達以外の観光客は一人もいなかった。
竹が微風に吹かれサラサラと音を立てている。
「うわぁーでっけぇーっ!」
風弥が叫びながら幼い子供のように、竹林の坂を上がっていった。
「竹ってこんなにデカイんだ」
好奇心旺盛な瞳で見上げると、空を覆い隠さんとする竹の生命力が肌で感じられた。目を閉じると、竹の旋律が耳に届く。風弥はこの空間と一体化し、大きく深呼吸した。
「これ、どこまで続いているのかな?」
嬉しそうに元希に問いかける風弥。しかし、元希は別の事を考えて居たらしく、反応はイマイチだった。
「・・・どうしたんだよ、元希・・・」
風弥は怪訝そうに顔を覗き込む。元希は一瞬驚いたが、すぐににっこりと微笑んだ。
「・・・良かったなぁって・・・」
主旨が理解できず、風弥は眉をひそめる。
「風弥、すっげぇ楽しそうだから」
とたんに、風弥の顔が赤くなった。風弥が京都に来てからこんなにはしゃいだのはこの瞬間が初めてだった。元希にはそれが嬉しくてたまらなかったのだ。
「なんだよ・・・凄いもんは凄いんだ!」
照れ隠しに風弥が怒鳴る。元希はついつい声を立てて笑ってしまった。
「・・・元希!」
眉間にしわをよせた顔がますます赤くなっていく。それを見た元希は、さらに派手に笑った。風弥は拗ねて、腕を組んだままそっぽ向く。その視線の先には、鮮やかな緑色の笹の葉がそよいでいた。
ふと、思い出すように、風弥の頭の中に名案が浮んだ。風弥は早速竹林の柵に手をかけ、身を乗り出した。
「何やっているんだ?」
元希は必死に竹林に手を伸ばす風弥に声をかける。
「いいじゃん・・・何だって・・・」
なりふり構わずギリギリまで身を乗り出す風弥。その後もジャンプしたり色々試すが、小柄な風弥の右手は、一番近い笹の葉でも全く届かなかった。
「いいのか?勝手に取って」
元希は柵に肘を乗せ、悠々と見物している。誰がどう見ても、風弥が笹の葉をもぎ取ろうとしているのは明らかだった。
「一枚くらいなら、バレないって!」
風弥は視線を竹林の一点に据えたまま、何度も背伸びを繰り返した。
「・・・ったく、仕方ないなぁ・・・」
見かねた元希が、突然竹林に向かって、その長い手を伸ばした。風弥ではどう考えても笹の葉には届かない。だからこそ代わりに取ってあげようという元希の親切心だった。
笹を摘み、元希が余裕で引っ張ろうとすると、その瞬間、風弥はそれを頑なに拒否した。
「ダメ!ダメ!」
「なんだよ、いきなり・・・」
拍子抜けした元希は、目をしばたかせながら手を引っ込める。
第六話 四へ