第六話 弐

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第六話 弐


 


昨日の晩、それは突然鶴祗の口から発表された。
「ゲスト?」
舞台の演奏を無事に終え、部屋で遅い夕飯を取っていた風弥・元希・ケン・磨雪の四人は一斉に箸を止めた。食後のデザートをのせた膳を置いた鶴祗が得意の笑顔を見せる。
「そう、明日の午後八時から、近くのライヴハウスでやるんだけど、どうかしら?」
「って・・・誰のライヴですか?・・・」
風弥は自分を指さした後、その指を空中に泳がせていた。
「私達よ、風弥君」
一同は視線を鶴祗に向ける。
「鶴祗さんの!」
驚きの余り、風弥は割り箸を取り落としてしまった。
「『BLOOM・TIME』っていえば、この辺では結構有名なのよ!」
鶴祗は胸を張り、自信満々に説明する。風弥と元希は口を開けたまま、互いに顔を見合わせた。
「・・・組んだ頃も同じ事言ってなかったけ?」
唯一バンドの事を知るケンが、ぼそりと呟いた。とたんに、鶴祗の鉄槌が炸裂する。
「・・・ってえな!殴る事ないだろ!殴る事!」
ズキズキと痛む頭を抱えて、ケンは訴えた。鶴祗はすました顔で手を叩いている。
「・・・いいアイデアだとは思うんですが、明日ですか?いきなりそんな事言われても・・・」
『花鳥風月』のリーダー元希は、口元に手を当てて考え込んだ。
「俺、こっち来る時慌てていたから、ベース持って来てないぞ」
その脇から口をとんがらせつつ、ケンは鶴祗を睨んだ。わざわざ筝を持ち出した裏にはそういう理由があったのだ。
「シンセサイザーの朋之さんもいないし・・・」
箸を拾いながら、風弥が呟く。鶴祇は動じなかった。
「それなら、こっちに呼んじゃえばいいじゃない!」
一同の動きが止まった。鶴祇は満面の笑みを浮かべている。
「ちょっと待てよ、姉貴!明日は金曜日で、高校生の朋之には学校があるんだぜ。突然そんな事言われたってだな・・・」
ケンは必要以上に必死な顔をしているように見えた。それもそのはず、朋之と鶴祇が組んだらケンにとってどんな事になるか・・・。風弥は想像し、心の中で苦笑いをしていた。
「とりあえず聞いてみなさいよ。それからでも遅くないと思うけど・・・」
鶴祇は笑顔で凄んだ。あっさり敗北したケンは、携帯電話を上着から取り出すと、渋々朋之に連絡を取った。
五回程コールしたところで、電話の主である朋之が出た。微かにだが、周囲の人間にもその声が聞こえる。
『どうしたのですか?ケンさんから電話くれるなんて珍しいですね』
相変わらずの口調が携帯から響く。
「・・・その・・・あのだな、朋之・・・」
ケンは言いづらそうな様子で下を向く。
「初めまして朋之君。私、美咲鶴祇です。いつも弟のケンがお世話になっております」
しびれを切らした鶴祇は、ケンから携帯を奪い朋之と直接交渉を始めてしまった。
これには、一同呆然としたまま口が挟めなかった。
『ケンさんのお姉さんですか?・・・初めまして、野魏朋之と言います』
軽い自己紹介から、二人はケンについて色々と語りだした。鶴祇の話術は巧みだった。あっという間に意気投合した鶴祇と朋之は、笑い声が出るほどに会話が盛り上がっていた。
「それでね、明日『花鳥風月』をライヴのゲストに呼びたいなって考えているんだけど、朋之君京都に来てもらって大丈夫かしら?」
一通り事のあらましを説明した鶴祇は、ようやく本題を振った。
『はい、喜んで!』
朋之は驚くほど簡潔に答えた。
「決まりね!」
鶴祗が嬉しそうに笑った。

もはやこの勢いは誰にも止められないと風弥は感じていた。


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