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第六話 六
「えー、それじゃあ一人ずつ、自己紹介してもらいましょうか!」
歓声が上がった。鶴祇はマイクをケンに渡してから、一歩後ろへと下がる。ケンは真っ赤なまま咳払いをすると、緊張した面持ちで観客に視線を向けた。
「・・・『花鳥風月』ベースの『美咲ケン』です。みんな、久しぶり!」
その言葉に答えるかのごとく、歓声は膨れ上がった。
「俺はここを離れてからも音楽を続けています。『花鳥風月』じゃあベースですが、京都に居た頃と変わらない熱い演奏をするので、今日はよろしくな!」
まるで最後の挨拶みたいに、惜しみない拍手がケンに送られる。恥ずかしそうに頬をかきながら、ケンはマイクを後ろに控えていた元希に渡した。
「初めまして。『花鳥風月』のドラム、『火鳥元希』です。このライヴステージに俺達が立っているのは、鶴祇さんをはじめ『BLOOM・TIME』のメンバーの皆さんのおかげです。今日は皆さんに少しでも俺達『花鳥風月』の音楽を楽しんでもらえたら幸いです。よろしくお願いします!」
大歓声を前に元希は一礼すると、朋之にマイクを差し出した。
「皆さん、初めまして。シンセサイザーの『野魏朋之』です。僅かな時間ですが、どうか楽しんでいってください」
短い挨拶を済ませ、朋之はマイクをフウに渡した。
「えっと・・・ヴォーカルの『フウ』です。・・・今、凄く緊張しています」
フウの声が上ずる。やはり、心臓が破裂するくらいに高鳴っていた。
「お前、石みたいにガチガチだな・・・。大丈夫か?」
ケンがフウの頬を引っ張った。
「・・・でもほっぺたは柔らかいな・・・」
ケンの冗談で観客から笑い声が聞こえてきた。
「なにすんだよ!ケン!」
すっかりフウになりきった風弥は、噛みつくようにケンを睨みつけた。
「おっと、それじゃあ早速一曲いきますか!」
危害が加わる前に、ケンは絵利果からベースを受け取り肩に掛ける。元希は壱乃にシートを譲ってもらい、朋之は真子のキーボードの前に立つ。元希は微調整を終えると、前にいる三人に視線を合わせた。四人が準備OKの合図をする。
「まずは『あるがままに』!行くぜ!」
フウはマイクを持って叫んだ。前奏が始まる。
いつもと同じ 朝日が昇り
いつもと同じ 朝が始まる
いつもと同じ 道をたどって
いつもと同じ 一日スタート!
自然と体が揺れている。フウは落ち着いていた。
手拍子を始めると、観客達もリズムに合わせて頭上で手を叩き始めていた。
あるがままに あるがままに
何も変わらず 慣れた事さ
あるがままに あるがままに
何も変わらず 普段通り
あるがままに あるがままに
君は変わらず 僕の傍に
あるがままに あるがままに
僕も変わらず 君の傍に
歌と一体になった大きな手拍子は、会場となった小さな喫茶店を包み込む。夜の暗闇に浮ぶ明かりはとても暖かかった。
何も起きなくて 本当に良かった
この幸せが… 続きますように
『BLOOM・TIME』とは一味違う音楽に観衆は、しだいに虜になっていった。
「ありがとう!次の曲は『歌は世につれ 世は歌につれ』聴いて下さい!」
声援に答えるフウ。『花鳥風月』のメンバーの表情は生き生きしていた。
その姿を鶴祇は温かい目で見つめていた。
ありがちの言葉なんか並べないでよ 「ツマンナイヨ」
使い古されたメッセージには見向きもしない 「アキテルンダ」
歌は世につれ 世は歌につれ 「いい言葉だろ」
今の社会にみんな飽き飽きしてるんだよ
こうして『花鳥風月』の五曲分の演奏は終った。
惜しみない拍手を浴びながら、彼らは奥へと消えて行ったのだった。
ライヴも終り、観客を見送っていると、ケンは懐かしい友人から次々と声をかけられている。元希もフウも朋之も観客だった人々から声をかけられて、とても嬉しかった。
しかし、その後の機材の片付中に、フウは大きな溜息とともに床に座り込んだ。
「・・・どうかしたん?えらいしんどそうやけど・・・」
壱乃が風弥の脇に屈みこむ。フウは膝に手を置き、壱乃の方に向きなおった。
「・・・平気です。ただ、こう・・・緊張の糸が切れたっていうか・・・」
ライヴは楽しかった。自分が持っているモノ全てを、歌という形で出し切り、自分では文句なしの出来だった。
「喉渇いちゃって・・・」
静まり返ってはいたが、ステージの熱気はまだ中にこもっている。テーブルやイスを運んでいる元希とケン。そこにいる全員からまだ汗が吹き出ていた。勿論、風弥も例外ではない。
第六話 七へ