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第六話 七
「そう思って、準備しときましたんや!」
大体の片付けが終了したところで、厨房の奥から絵利果が満面の笑みで表れた。両手に持っているビニール袋からは酒のビンやつまみがはみ出ていた。
「終ったら、一杯いきましょうや!なぁ!」
「おっ、ええな!」
その言葉に最初に飛びついたのは真子だった。テーブルの上に置かれた袋から酒を取り出すと、早速品定めに入る。
酒好きのケンは、テーブルを戻し終えると袋の中を覗き込み、キンキンに冷えた缶ビールを取り出した。
「風弥君達は何にする?」
鶴祇も、ケンと同じく缶ビール片手に訊ねた。
「烏龍茶か緑茶あります?」
「ポカリがいい!」
「オレンジジュースありますか?」
三者三様の答えに、鶴祇は中を覗き込む。しかし、袋の中には酒の類しか存在しなかった。
「あらま、今日は飲兵衛オンリーやなかった・・・」
絵利果が「やってしまった」と頭に手を当てた。どうやら『BLOOM・TIME』は酒好きの集まりのようだ。
「コーヒー、紅茶なら何とかなるんやけど・・・時間かかるし、こう暑いんじゃ冷たいほうがええしなぁ・・・」
「じゃあ、私買ってくるよ」
そう言ったのは鶴祇だった。一同が一斉に視線を鶴祇に合わせた。
「・・・いっ、いいですよ。俺達が飲むんですから、自分達で買ってきます!」
首を振りながら元希が申し出を断る。
「大丈夫よ。それに元希君達じゃ店がわからないでしょ?」
鶴祇の言う事はもっともだった。下手に探し回るより、この辺の地理に詳しい鶴祇に頼んだほうが断然早い。
「ほら、行くわよ。ケン!」
突然の指名に、ケンは驚きの表情をあらわにした。
「なっ・・・なんで俺が・・・」
それ以上の言葉は口から出せなかった。鶴祇のオーラに負けたケンは、渋々鶴祇の後に続き喫茶店を後にした。
ケンに申し訳ない事をしたかなと、ちょっぴり思う風弥だった。
時計は九時半を指していた。ケンと鶴祇は住宅街のど真ん中にある、自動販売機でリクエストされた緑茶とポカリ、オレンジジュースを二本ずつ買った。
ゆっくりとした足取りで来た道を戻る途中、ふいにケンが口を開いた。しかし、何かを言いかけてまた口を結んでしまった。
「どうしたの・・・?」
「・・・・・・」
舗装されたアスファルトを踏みしめる足音だけが聞こえていた。
「黙っていちゃ解からないわよ」
「・・・その・・・ごめん・・・。姉貴なんだろ、叔父さん説得してくれたの・・・」
二人分の足音が止まった。電灯の明かりに誘われて舞っている小さな虫の羽音が、静かな空間に響いていた。
「・・・今更謝ってもらってもなぁ・・・」
前を歩いていた鶴祇は、振り返ることなく突っ立ていた。
バンドをやめて京都に戻ってほしい。それが鶴祇の本心だとは、ケンは思っていなかった。鶴祇は誰よりもケンの才能を買っていたのだから。
ケンはわかっていた。『はなかがり』の後を継いで欲しいと思っていたのは、本当は柔造叔父さんなのだと。
しかし、ケンは柔造の反対を押し切って、音楽を続けたいために家を出た。
それは結局、旅館や柔造達の問題を、すべて鶴祇に押し付けるような形になってしまった。
申し訳ないの一言だった。
自分がいない六年間、姉がどんな思いをしてきたのか、ケンには想像がつかなかった。
ケンはうつむいたまま微動だにしない。重く暗い空気が場を支配する。
「・・・良かったわよ、ライヴ」
ケンが驚いた表情で顔を上げる。
「ホントのところ、あんなに凄いとは思わなかった。いい仲間じゃない!」
振り返った鶴祇の顔には満面の笑みがあった。
「私は平気よ。こうやって好きな事やっているし、あれで叔父さんも私には結構甘いの」
鶴祇は両手に抱えていた缶を左に持ち替えると、ケンの肩を叩いた。
「それよりも、あんな啖呵きって家出したんだから、やめるなんて言い出したら許さないから!」
悪戯っぽく笑いながら鶴祇は二、三回ケンの肩を叩いた。
「・・・本当・・・大きくなっちゃって・・・」
鶴祇は手の届かないケンの顔を見上げて呟いた。
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