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第二話 四
智隼からの連絡は、昨夜元希の携帯に届いた、事故の知らせのメール以来途絶えていた。
「・・・智隼、大丈夫なのかな・・・」
うつむいた姿勢で、朋之が呟く。
「・・・朋之さん?」
風弥は落ち込んでいる朋之に声をかけようとしたが、元希に止められた。
「・・・今はあんまり朋之に首突っ込まない方がいいぞ。朋之は周りがびっくりするくらい智隼の事慕っているんだ。智隼と朋之は親友で、智隼が『花鳥風月』のメンバーになったのも、先に入った朋之が誘ったのがキッカケってくらいなんだからな・・・」
朋之が智隼の事を心配しているのは明らかだった。風弥はおとなしく元希の言葉に従った。
「そっ、そんな気にすんなって!」
責任を感じたケンは、必死に朋之を慰めた。風弥も何だか気まずくなってフォークを置く。
「・・・あ、智隼といえば・・・・そうだ」
元希が手を上げた。三人の視線が元希に集まる。
「智隼から、メールあった」
上げた手には携帯電話が握られていた。ケンは口を開けたまま固まっていたが、首を大きく左右に振ってから、元希に詰め寄る。
「いつ着た!」
「ついさっき」
「何で言わない!」
「色々ごたごたしてて・・・スマン!」
ケンのあまりの剣幕に押され、元希は頭を下げた。
「・・・それで、智隼何か・・・」
朋之が顔を持ち上げ、元希の居る方に身を乗り出した。
「・・・しばらく、入院するそうだ。怪我が結構重症みたいなことが書いてあったし・・・」
元希はためらいながら、そう口にした。三人の動きが凍りついたように止まった。
場の空気が一気に重くなる。痛いくらいの圧迫感が風弥に圧し掛かってきた。
「・・・智隼・・・」
朋之が再びうつむき、小さく呟く。
「そっか・・・で、俺達はどうするよ?」
ケンは大きく溜息をついてから、真正面にいる元希を見据えた。
「やっぱり、当分は活動中止か?」
風弥は肩身が狭い思いがした。自分がここにいるべきではないと感じてはいたが、立ち去るに立ち去れず、ずっと下を向いている。
「・・・俺は続けようと思っている」
僅かな沈黙の後、元希が言った。風弥は思わず顔を上げる。それは朋之も一緒だった。
「おいおい、一体どうやって・・・」
一瞬戸惑うケンだったが、すぐに元希の考えを悟った。
「・・・まさか・・・」
ケンの目が見開かれ、戸惑いの表情を見せる風弥を視界に映す。
「風弥・・・いや『フウ』を正式に『花鳥風月』のヴォーカルに迎えたいんだ」
「えっ、ええーっ!」
元希の発言に一番驚き、声をあげたのは風弥だった。身を乗り出し、元希を見つめる。
「俺が・・・?」
あまりに突然の事で、言葉が続かない。
「ちょっと待て!智隼は・・・あいつはどうすんだよ!」
ケンは頭に血が昇って、テーブルを挟んで元希の襟を掴み上げた。
「・・・智隼は、それでいいと言ってきた。そうじゃなきゃ、こんな提案しないさ」
元希は落ち着いた声で言った。しかし、ケンは元希を睨んだまま手を放さない。
空気はますます重くなっていった。まさに一触即発状態である。
「・・・そっか・・・」
先に動いたのはケンだった。
「それなら、いいか」
と、ケンはあっさりと了承し、元希を解放した。元希は面食らった顔でケンを見つめる。
「なんだよ、『花鳥風月』のリーダーは元希だろ、俺は元希に従うぜ」
ケンはにんまりと笑った。元希もつられて笑う。
「改めてよろしくな、チビ助」
ケンは風弥の頭を乱暴にひっかきまわした。
「チビ助じゃない!風弥だ!」
風弥が抵抗すると、ケンは面白がってますますちょっかいを出しにかかる。
「おお、そーか。これは悪かったな。チ・ビ・す・け」
ケンの言動は確信犯だった。風弥は機嫌を損ね、頬を膨らます。
「こいつなら問題ないよな。朋之」
ケンは風弥を無視して、朋之に同意を求めた。
「・・・僕は、反対です・・・」
その場にいた全員が再び凍りついた。朋之の視線は、真っ直ぐ風弥に向かっている。
「・・・確かに、風弥君の歌唱力は昨日のライヴでわかりました。観客も受け入れてくれたし、『花鳥風月』のヴォーカルの資格は十分あると、僕は思いました・・・ただ・・・」
朋之は言葉に詰まった。
「・・・ただ?」
元希が促すように、言葉を繰り返す。
「・・・僕の中では・・・『花鳥風月』のヴォーカルは、『智隼』だけなんです」
朋之は真剣だった。今までに見せた事のない切迫した表情をあらわにしていた。
「風弥君がヴォーカルになるのでしたら、僕は抜けさせてもらいます」
そう言うと、朋之は一目散に玄関に向かって歩き出した。
「朋之!」
元希とケンは、慌てて朋之を追いかけた。
・・・一人風弥を、部屋に残して・・・。
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