第二話 六

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第二話 六



元希がベランダの窓に手をかけると、窓の鍵は開いていた。元希は確信した。
窓を開け、ベランダを覗くと予想通りの光景が目の前にあった。
丸めたティッシュの山、その脇に膝を抱え、顔をうずめた風弥が座っていたのだ。
ケンがジュースをこぼした時感じた違和感がキッカケだった。あの時、無意識にクロスを取りに行ってしまったが、食事の最中確かにテーブルの上にティッシュ箱を置いたはずだった。それに気がついてからは、あっという間に答えがでた。
「やっぱり・・・前に来た時も同じ事したもんな」
元希が声をかけるが、風弥は無反応だった。
「いつまでそうしている気だ?風邪引くぞ」
笑いの収まったケンが、風弥の腕を掴んだ。風弥の体勢が崩れ、その表情があらわになった時、元希はやはりと頷き、ケンは再び大笑いし、朋之は唖然とした。
風弥のまぶたは真っ赤に腫れあがり、目からは大粒の涙がボロボロと零れ落ちていた。さらにオマケとして、鼻水まで携えていた。
元希はそばにあったティッシュを二、三枚手にとり、風弥の顔に垂れ下がっている鼻水を拭き取った。その間も風弥は泣き止まず、しゃっくりを続けていた。
そうしている間にも風弥の瞳からまた一つ、涙が零れ落ちた。
「ごめんなさい・・・俺・・・昨日のライヴ・・・楽しかったんだ・・・ごめんなさい・・・」
途切れ途切れに風弥は思いを口にした。
「・・・風弥・・・」
元希は風弥の頭を優しく撫でる。
「お前が謝る事ないだろ?」
幼い子をあやすように、優しく声をかけた。
「・・・でも・・・智隼さんが・・・」
「大丈夫。智隼の事は気にしないで、風弥君」
そう言ったには朋之だった。
「智隼がいいと言っていたのですよね、元希さん。」
元希は黙って頷いた。
「それなら、僕からもお願いするよ」
元希とケンは思わず顔を見合わせた。
「朋之?お前どういう風の吹き回しだ?」
朋之の態度の豹変振りに、ケンはまた何かたくらんでいるのではないかと疑いの眼差しをかける。
「仕返しですよ」
「『仕返し』だぁ?」
ケンが朋之の言葉を反芻した。
「智隼、事故の時も、今だって何一つ僕に連絡くれないなんて酷いじゃないですか」
「いや・・・だからな。朋之、それは・・・」
ケンはもう一度説明をしようとするが、朋之はさらに言葉を続ける。
「だから、仕返しですよ。智隼が戻ってくる頃には、智隼が追いつけない位のレベルになって、死ぬ程焦らせてやるんです。いい考えでしょ?」
爽やかな笑顔とは裏腹に、口調は相当根に持っているように聞こえた。
「・・・・・・毒だ・・・」
元希が呟く。
「今までで最高の致死量だな、おい・・・」
ケンは本能で後ずさりしていた。
「という訳で、よろしくね。風弥君」
朋之は風弥の手を取り、微笑んでいた。
「・・・・・・」
言葉が出ない。風弥はこの瞬間、本日二度目の恐怖を感じていたのだった。
「パスタ冷めちゃったかな?あっ、そうだ、おすすめのお菓子もいっぱい持って来たんだ。一緒に食べようね」
朋之は風弥を引きずりながらテーブルに向かう。元希とケンは黙ってそれを見守る事しか出来なかった。

風弥は自分がこれからどうなるのか、気が気でなかった。


 

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