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第二話 壱
・・・南の窓から光が差し込む。瞼が段々と熱くなるのがわかった。
とうとう我慢が出来ずに、風弥はゆっくりと瞳を開いた。
「・・・・・・」
まだ頭が働かない。風弥は暫く焦点をあわせずに目の前をぼんやりと眺めていた。
時間がたつにつれ、頭にかかっていた靄のようなものが、少しづつ取れていく。
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そして自分がいる場所がようやく理解できた。
ここは間違いなく、元希が一人暮らしをしているアパートだ。元希のアパートは大学の側にあり、風弥の家とは電車で二駅、車だと大体三十分くらいの所に位置する。風弥は以前にも来た事があった。確か小学校六年生の時、親と些細な事で喧嘩して飛び出してきたのだ。風弥にとって、恥ずかしい思い出だった。
よくよく見れば、風弥は元希のベッドの上にいる。
もそもそと毛虫のように、毛布の中に潜り込むと風弥は再び目を閉じた。
その瞬間、風弥の腹から唸り声のような大きな音が響いた。
渋々とベットから下りる風弥。
「・・・腹減った・・・」
時計を見ると、もう十二時を過ぎていた。どうりで腹が鳴るわけだ。
今日は日曜日。
東の窓から見える、普段なら人通りの多い交通量のある道路も静かだった。
今この世界に自分一人しかいない、そんな錯覚をしそうなくらい音が無かった。
風弥は昨日の出来事を思い出し、思わず身震いした。
夢心地・・・経験しないとわからない、不思議な感覚が蘇る。
・・・そしてまた、風弥の腹が勢い良く鳴った。
「なんか食い物ないかな・・・」
いきなり現実に引き戻された。
寝室を出ると小さな居間と台所がある。台所の流し台の上に、皿にのったオニギリが置かれているのが見えた。
近寄ると、オニギリの脇には小さなメモが残されていた。
「『ちょっと出てくる。それ食っておとなしく待ってろ。』」
風弥はメモの内容を口に出した。この几帳面な文字は間違いなく元希のものだった。
ラップを外し、風弥はオニギリに手を伸ばした。
一口かじると中にはオカカが詰まっていた。空腹の胃に待望の食べ物。風弥はあっという間に皿の上のオニギリ二つを平らげた。が、
「・・・足りない・・・」
それが第一声だった。
風弥は冷蔵庫を開けて、他に食べられる物はないかと中をあさりだした。昨日のライヴでエネルギーを使い果たしたのか、腹の方は満足のサインを出さない。
期待の冷蔵庫の中には、風弥が食べられそうな代物は何も無かった。
「ちぇっ・・・」
風弥は口をとんがらせた。
生肉や野菜、調味料などが冷蔵庫にまばらに入っていたが、残り物の影は何一つなかった。
『なるべく手作りのものを』という元希のこだわりから、この部屋にカップラーメンといった類の物は置いていない。
だが、残り物すら無いのは、風弥にとっては不運でしかなかった。今の風弥にとって、元希のこだわりは満腹への障害にしかならない。
「・・・何処行ったんだよぉー元希めぇー!」
風弥は幼子のように手足をバタバタと動かし暴れだした。「空腹はストレスの原因」と言うが、これはまさにその典型的な行動だ。
訳がわからないくらい暴れた頃、玄関から呼び鈴の音が聞こえた。
風弥は一目散に玄関へと走ると、勢い良くドアを引いた。
「遅い!元希・・・」
元希にありったけの不満をぶつけにかかった風弥だが、目の前にいたのは元希ではなかった。
「よっ、チビ助!」
金髪の美咲ケンが大きな買い物袋を下げて、風弥の目の前に立ちはだかっていた。
「・・・けっ・・・ケンさん!」
風弥は顔を真っ赤に染めて、後ろに飛び下がった。
「しっかり留守番出来たか?風弥」
してやったり。と元希は嬉しそうな顔を、ケンの背後から見せた。
「・・・何でケンさんがここに・・・」
風弥は動揺しきっていて、金魚のように口をパクパクさせている。
「元希とデート」
ケンは簡潔に言った。
「馬鹿!買出しだろ!」
「・・・冗談だって」
元希とケンは靴を脱いだ。元希はケンから買い物袋を預かると、そのままキッチンへと直行した。ケンは硬直したままの風弥の前に行くと、顔を露骨にしかめた。
「お前、風呂入ってないだろ」
ケンの言葉に、風弥は今一度自分の行動を確認した。気が付いた時にはここに居た。自分が着ている服が昨日と同じなのが何よりの証拠だった。
「汗くさいぞ、とっとと風呂入って来い」
ケンはわざとらしく鼻をつまみ、あっち行けと手を振る。風弥は腹が立ったが、事実なので反論もできずに不服そうに怒鳴った。
「元希!タオルどこ!」
「風呂場の棚にある。後で着替えも用意してやるからさっさと入って来いよ」
元希が必死に笑いをこらえているのが、声ですぐにわかった。風弥は頬をめいっぱい膨らませて風呂場へと向かった。我慢しきれずに元希はとうとう噴出した。
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