第七話 四

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第七話 四

 



「風弥いるんでしょ!電話よ!」
美弥の声で風弥は目を覚ました。中途半端に寝たせいか、体がだるく感じられる。
「・・・誰から?」
髪の毛の寝癖を整えながら階段をおりると、風弥は玄関に待機している美弥に問いかけた。
「なんて言ったかしら珍しい苗字だったわね・・・確か、ノギだったかしら・・・」
美弥が悩んで保留中の受話器からは軽やかなワルツが流れ続けている。
「・・・野魏?」
その瞬間、風弥の頭に浮んだのは磨雪の顔だった。
「知らないんなら出かけてるって言おうか?最近は知り合いを装った塾の勧誘とか多いって聞くし・・・」
美弥は電話の主に心当たりが無いため、かなり疑っている様子だ。
「大丈夫、バンドの人だから。変な勧誘とかじゃないよ」
それを聞いた美弥は安心したのか、緊張をといていつもの口調に戻った。
「そう、それならいいけど。あと、電話終ったらさっさと制服脱ぎなさいよ。なかなか洗えないんだから・・・・」
美弥はそう言い残し、夕食の支度のため台所に戻っていった。美弥が出て行ったのを見計らい、風弥は電話に応答する。
「もしもし、かわりました・・・」
『あっ、風弥君?』
「朋之さん!」
風弥の眠気が一気に吹き飛んだ。
「なっ・・・なんで朋之さんが家の番号・・・」
『元希さんから教えてもらったんだ。それよりも風弥君今暇?』
「はい?なんでですか?」
『これから智隼のお見舞いに行こうと思うんだけど、風弥君も来ない?ほら、京都でお土産買ったでしょ?あれ渡そうと思って・・・』
受話器を持つ風弥の手が小刻みに震えていた。


それは京都観光中の事だった。
風弥は元希達と二手に別れ、ケンと朋之の三人で清水を観光していた。その途中、土産物屋で買物をしていた時、朋之がお土産として一味唐辛子の小袋を買っていたのを見た。
「朋之さんって、辛い物好きなんですか?」
風弥は首をかしげ素朴な疑問をぶつけた。朋之が甘い菓子を口にしているところはライヴの後などによく見かける。だが、辛い物を手にしている光景など、風弥は見た事がなかった。
「これはね、智隼になんだ」
店員に包んでもらうのを待っている間、朋之は嬉しそうに風弥に説明する。
「僕は辛い物すごい苦手なんだけど、智隼の大好物だから」
「そうそう、智隼のやつ激辛カレーとか普通の顔して食べるからな」
いつぞやの事を思い出しながらケンと朋之は笑っていた。
「でもなんで一味なんだ?せんべいとかでもいいんじゃねえか?」
「智隼は一人暮らしですから、日持ちする物の方がいいかと思いまして」
「はぁーなるほど・・・」
ケンは素直に納得した。二人のやり取りを聞いて風弥は焦った。
「・・・じゃあ、甘い物とかは智隼さんどうですか?」
「苦手みたい。チョコとか貰っても全部僕にくれるもん」
・・・ダメ押しだった。
「お前らってホント極端だよな・・・」
「あっ、あのじゃあ俺、それのお金半分出しますよ」
朋之は驚いて二、三回瞬きをした。
「・・・どうして?」
「俺、智隼さんが甘い物苦手だって知らなくて、その・・・八橋買っちゃったんですよ・・・」
言い訳をしている自分が、風弥は少し情けなかった。
慌てている風弥を横目でみながら、朋之は一味唐辛子のお金を払い袋に入れられた現物を受け取る。
「・・・わかった。・・・じゃあその八橋、僕が貰おうかな?それでいいよね」
「はい、ありがとうございます」
智隼のお土産にはこういう経緯があったのだ。


『もしもし、風弥君?聞こえてる?』
「えっ・・・はい!」
朋之の呼びかけに、慌てて返事を返す風弥。
『どうしたの?ボーっとして・・・?』
受話器から聞こえて来る朋之の声は、怪訝そうだった。
「・・・なんでもありません。それよりも俺、これから用事あるんで、すいませんが・・・」
『・・・そっか、わかった。ごめんねいきなり誘ったりして。じゃあまたね』
そう言うと朋之は電話を切った。風弥も受話器を置くと、階段を駆け上がり、自分の部屋に戻った。
別に朋之の事は嫌いではない。多分、朋之も風弥の事は嫌いではないはず。嫌いなら、わざわざ誘わないだろう。
だが、風弥はあの時の朋之の言葉を思い出した。

『・・・僕の中では・・・『花鳥風月』のヴォーカルは『智隼』だけなんです』

ショックだった。
でも、当たり前の事だとも思った。
朋之と智隼は本当に仲がいいのだ。観客席から『花鳥風月』のライヴを観ていた時、朋之はいつも智隼の方を向き、笑っていたのが本当に印象的だった。
二人は親友同士なのだ。
その無二の親友が事故に遭い、一緒にステージに立てなくなり、その代わりに突然現れたのが自分。風弥は朋之が自分のことをどう思っているのかずっと不安だった。
あの時はケンもいた。それで安心して話す事が出来たが、朋之と二人きりになったとき、どんな風にしていればいいのかわからなかった。
風弥は着替える事も忘れて、もう一度ベッドに寝転がった。


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