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第七話 参
「・・・進路決めた?」
次の日、風弥は部活に行く途中で康雄に質問した。風弥は荷物を抱えて音楽室に向かっていた。新校舎の二階にある三年二組の教室からは、旧校舎の三階にある音楽室まで結構距離がある。
それまで廊下を歩いていた足を止め、康雄は風弥に顔を向ける。
「どうした・・・いきなり・・・」
怪訝そうに康雄は眉をひそめる。
「別に、深い意味はないよ」
意味はあった。自分がこれからどうしたいのか全くわからなかったので、風弥は他の人がどう考えているのか単純に知りたかったのだ。
「うーん・・・急にそんな事言われてもなぁ・・・」
康雄はうなりながら再び廊下を歩き出した。痛いトコロを突かれたらしく、人通りの多い廊下を黙々と歩き続ける。
「何にも考えてないから、答えようがないんだよな・・・」
それが考え込んだ挙句の康雄の答えだった。
「なんだ、ひょっとしてそれで悩んでいたのか?」
「え・・・何が?」
とぼける風弥に、康雄はさらに続ける。
「お前、今日変だなって思ったんだよ。暇があるとすぐにボケッとしてさぁ」
図星だった。風弥は思わず顔をそむける。康雄はおかしくて笑った。
そんなことをしている間に二人は音楽室に到着した。鍵は開いており、中に入ってはみるが誰もいなかった。
「やったね。今日は俺達が一番乗りだ!」
康雄が大げさにガッツポーズをする。
「・・・俺ってそんなにわかりやすい?」
風弥は不満げに呟いた。康雄がにやりと笑う。二人は荷物を窓際に寄せると、それぞれの担当楽器の準備にかかった。とは言っても、康雄はサックスなのですぐに終ってしまい、パーカッションの風弥を手伝った。
「わかりやすいもなにも、お前すぐに態度に出るんだから二年も一緒にいれば、察しもつくさ」
風弥は恨めしそうに康雄を睨んだ。だが、慣れている康雄は動じない。
二人は睨み合いを続けていたが、それはただのにらめっこに発展した。根負けした風弥が笑い出すと康雄も吹き出した。
二人して馬鹿みたいに笑い続けていると、後から入ってきた後輩達が不思議そうに首をかしげていた。二人はそんな事も気にならずひたすら笑っていた。康雄の真意はわからない。だが、進路を決めていないという康雄の言葉に、風弥は内心胸を撫で下ろしていた。だから安心して笑っていたのかもしれない。
部活はいつもより少し延びた。風弥は仕度を済ませると昇降口に急いだ。
「遅い!」
下駄箱の前では悠介が、待ちくたびれた様子で座り込んでいる。学校指定の白い運動靴は校庭の砂で、茶色く変色していた。
「今終ったところなんだって!」
上履きを脱ぎ、大急ぎで靴箱にしまいながら風弥は理由を説明した。
二人は途中まで帰り道が一緒なので、ここで待ち合わせという事になっていた。
靴をはき終えると風弥と悠介は校舎を出た。校庭から見える運動部の部室棟では、まだ何人かが着替えをしているらしく、明かりが灯っている。
特に会話もなく歩いていたが、校門を出たところで、風弥はアノ質問を悠介にぶつけた。
「悠介は進路もう決めた?」
「・・・なんだよ、突然・・・」
「どうなんだよ?」
自分や康雄以外にも決めてない奴は大勢いて、焦って決める必要なんて無いのだと、思い込みたかったからだ。
しかし、風弥の予想は外れた。
「そんなの、とっくに決めてるよ」
「えっ・・・」
驚きのあまり風弥の心臓から力が抜けていく気がした。
「なっ何?どこ行くの?」
風弥の声は震え、少し焦りを帯びていた。
「まだ、そこまで決めてないよ。サッカーやりたいから強い高校行きたいなぁ、ってくらいしか考えていないさ・・・」
風弥の反応が以外だったらしく、悠介は大したことないと笑ってごまかしていた。
だが、風弥にとってはショックだった。
大まかではあるが、悠介は既に自分が進みたい道を決めていたからである。
「それよりさ、今日部活で一年がさ・・・」
悠介は普段のように、今日の部活で起こった事を始めた。
風弥もいつもと同じように話を聞き、それ以降二人とも進路のことは口に出さなかった。
そして工場前の道で悠介と別れると、風弥は大きく溜息をついた。
体全体がおかしかった。
自分でもどうしてなのかよくわからない違和感の中、風弥は一人家路を歩き続けた。
足取り重く我が家に帰った風弥は玄関の鍵を開けた。美弥は買物に行っているらしく、台所には誰もいなかった。二階へとかけ上がり自室に入ると、学生鞄を放り投げ風弥は制服のままベッドに横になった。
考えるのをやめられたらどんなに楽だろうと、風弥は思った。思考の停止を祈りながら、風弥はそのまま寝てしまった。
第七話 四へ