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第七話 弐
一方の風弥を含めた男子達は、アンケートの項目についてツッコミを入れながらも、順調に回答を重ねていた。
「『Q8:旅館企画の出し物はどうでしたか?具体的な感想をお願いします』だってさ」
独り言のように康雄が呟いた。それまで順調だった風弥の動きが止まる。
「・・・何も書かなくていいんじゃないか?」
真っ先に風弥の動きに反応したのは左隣に座る悠介だった。
「・・・そうだよね」
参加していた人間だなんて書ける訳がないと、風弥は次の設問に移るが、他の男子達は色々と語りだした。『今度は芸妓さん達と遊びたいです』などと靖則が冗談半分に回答をすると、調子に乗って次々とふざけた回答が飛び交った。
「・・・最初のあの舞妓さん歌上手かったよね」
圭太がいきなり話題を振る。風弥は平静を装いながら黙って話を聞いていた。
「本当に舞妓だったのか?」
「えっ、違うの?」
英紀の指摘に驚く圭太。
「いや、俺は多分男じゃないかって思ったんだ」
周囲の人間が一斉に英紀に視線を向ける。風弥も他人事ではなかった、なるべく悟られないように振舞いながら様子を窺う。
「えーっ、あの舞妓さん男だったの?」
まだ幼さの抜けない圭太の反応は単純だ。
「だから、決めつけるわけじゃなくて、なんとなくだよ。なんとなく・・・」
「ふーん、なんとなくかぁ・・・」
圭太は理解できていないような表情で、英紀の言葉を反芻した。
「そうだ!あの後ろで琴弾いていた人、風弥君の友達なんだよね!何か知らないの?」
またもや圭太が突飛な発言をした。一同の視線が一斉に風弥に集まる。
「・・・さっ・・・さあ?どうなんだろう・・・」
「なんだよ、その言い方。あっ、ひょっとして具合悪くて休んでいたのは嘘で、あの舞妓お前だったなんてオチか?」
悠介が笑いながら冗談半分で推理を発表したが、それは見事なまでに的中していた。
「まっ・・・まさかぁ・・・」
上手いごまかしの訳が浮ばず風弥は困り果てていた。
暫く沈黙が続いた。しかし、悠介が突然笑った事により、他のみんなも笑い出した。
「冗談だよ。ったく、マジにすんなって。誰もそんな事思っていないから!」
「・・・そうだよな。驚かせんなよ!」
広田が戻って来たのをきっかけに、この話は自然と終止符が打たれることになった。
これ以上詳しく突っ込まれると、ボロが出かねないので、風弥はほっと胸を撫で下ろした。
「そろそろ書き終わったか?」
風弥は自分の用紙に目を落とす。話に気を取られ、やっと半分といったところだ。風弥だけではなく、悠介達も同じ事だった。
「集めるぞ!各自出来たやつから持って来い!」
生徒達が次々と席を立ち教卓に向かうが、風弥達のグループからは誰一人席を立つ者はいない。話に夢中になっていた結果だった。
「おい、早くしろよ!」
広田が急かす。その中で一番に立ち上がったのは、やはり恭子だった。風弥も書ける所だけなんとか空欄を埋めて立ち上がる。
「よーし、これで全員だな」
最後に圭太が提出したところで、自然と席も戻っていた。
アンケートの束をクリップで挟み、教卓の端に寄せると、広田はまた別の紙束を取り出した。今度はB5の片面刷りでどんどん配っていく。まだあるのかと不満そうな顔の生徒が殆どだった。
風弥が配られた印刷物を見ると、『第一回進路希望調査表』という文字が飛び込んできた。
心臓が急に締め付けられた気がした。風弥は黙ってその紙を見つめ続けた。
「進路に関する事だから、絶対親と相談するんだぞ。提出は来週の今日、もう決まっているやつは明日の朝の時間にでも俺に出してくれてもいいぞ」
広田は壁にかけてある時計に視線を移した。
「あと、十分か・・・まあいい。日直、号令!」
日直が、起立・礼の号令をかけると、生徒はあっという間に散っていった。
だが風弥は席を立たず、暫く紙を眺めていた。
「進路か・・・」
出来るものなら、この紙を今すぐにでもゴミ箱に突っ込みたかった。
久しぶりの部活が終ると、風弥は重い足取りで帰路を歩いていた。
玄関のドアノブを廻すと鍵がかかっており、風弥は鞄を置いて鍵を取り出した。ゆっくりと鍵を廻すと、ロックが解除された感触が手に伝わってくる。美弥はパートからまだ帰っておらず、家の中は静まり返っていた。
小腹のすいた風弥は、二階の自分の部屋に鞄を置くと、着替えを済ませてから台所に向かう。台所のテーブルにはタッパーに入った安物のロールケーキが置いてあった。
さらに冷蔵庫から牛乳を取り出すと、風弥は居間に移動しテレビの電源を入れた。ロールケーキをほおばりながらチャンネルをまわすが、二ュース番組しか見つからない。つまらなかったので風弥は電源を消した。
食べ終えて片付ようと立ち上がると、たまれた洗濯物の脇に置かれている郵便物が目に付いた。大概は両親宛のダイレクトメールだが、その中でも一際大きな包みが風弥の目に留まった。
風弥は手にしていたタッパーと牛乳パックを台所に戻しに行ってから、再び居間で郵便物の宛名に目を通した。
電話帳一冊分程の厚さがある、高校の総合資料だった。当然の事ながら風弥宛である。
風弥は包みを抱えて自分の部屋に向かった。階段を軋ませ二階に上がると、風弥はベッドにうつぶせに倒れこんだ。
この時期に大して珍しくもないが、封を切るのは初めての事だった。今までは見向きもしないで捨てていた。考えたくないというのが正直なところだが、今日配られたプリントの事もあり、そろそろ動き出さなくてはいけないと思った。
県内の高校が学区ごとに分類された冊子は、とにかく字が細かかった。自分がどこの学区に入っているかも認識していない風弥は、冊子を開いたとたんに拒絶反応をおこし放り投げた。
鈍い音と共に冊子が床に落ちる。風弥は仰向けになり、ぼんやりと天井を眺めた。
今まで進路に関して何も考えていなかった。自分の将来についてまだ考えたくなかったから、逃げ続けていたのだ。
触れたくない事だったが、三年生になっていよいよそうも言っていられなくなった。
自分が何をしたいのか、検討もつかない風弥は大きなため息をついた。
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