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第七話 壱
月曜日の朝を迎え、風弥はいつも通り、七時に目を覚ました。
自然と顔がにやけてしまう。風弥は洗面台にある鏡の前で気を引き締めると、久しぶりの学校に向かった。
修学旅行から戻って初めての登校という事もあり、三年の生徒達はどことなく浮き足立っている。風弥も、そして、三年二組も例外ではない。
「おっす、風弥!」
教室に入るなり、悠介が跳びかかってきた。
「元気そうだな!いやぁ良かった良かった!」
何がそんなに楽しいのかと訊いてみたくなるほど、悠介はご機嫌だった。
「・・・なんかいい事あったのか?」
気味が悪くなり、風弥は眉をひそめたまま訊ねる。
「とぼけんなよ。京都であの美人女将と何してたんだ?」
風弥の顔が真っ赤になった。してやったり、と悠介は笑う。
「まっ、俺で良ければいつでも相談に乗るから。心配すんなって!」
悠介にも彼女はいないのに、先輩気取りで風弥の肩を叩いた。悠介はアイドルには興味がないが、コッチの方は関心が高いので誤解されているとしたら厄介だった。
チャイムが鳴り、風弥と悠介は自分の席へと座った。暫くして担任の広田が姿を表す。教卓に配布物らしき大量の紙束を置くと、出席簿を広げ読み出した。
生徒の点呼が終ると、広田は出席簿を眺めて嬉しそうにしていた。
「おっ、欠席無しか。根本はもう平気なのか?」
突然話題を振られて風弥は少し焦った。教室のほぼ中央の席に座っている風弥に一同の視線が集まる。
「・・・はい。・・・その、ご迷惑おかけしました・・・」
風弥は素直に謝った。やっぱり、視線を浴びるというのは恥ずかしい。
「気にすることはない。そういう事は誰だってある事なんだから」
広田の励ましは、風弥にとって非常に心苦しかった。
「さてと、今日の一時間目はこのまま俺のロングホームルームだ」
突然の事にクラス中がどよめきたつ。
「先生!一時間目は理科じゃないんですか!」
挙手をすると同時に、恭子が全員の疑問を代弁した。
「・・・ああ、理科の辻元先生が、お子さんを病院に連れて行くとかで遅れて来るそうだ。だから、俺が代わった」
クラスの、特に男子達から歓声が上がった。
「喜ぶのはまだ早いぞ。やる事は山ほどあるし、これは授業交換だから木曜の五限にちゃんと理科があるからな!」
喜びの声は一気に静まる。それが、学校というものであるのだから仕方のない事だ。
「それじゃあ、まずは修学旅行ご苦労様。みんな楽しかったか?」
広田の呼びかけに反応したのは数人程度だった。
広田は教卓に並べてあった紙束を前から順番に配った。そして構わず話し続ける。
「旅行委員からの修学旅行に関するアンケートだ。クラスと性別だけで名前は書かなくて良いそうだ」
風弥にもアンケートがまわってきた。B4の紙に両面印刷で、移動から旅館、班別行動に関してまで、事細かに設問されている。
「席は動いても構わないが、隣は授業中だから静かにな!」
そう言うと広田は一端教室を離れた。広田は他のクラスの先生や生徒がいる時は厳しく振舞うが、こういう時は案外甘い。
広田がいなくなると同時に、生徒達は一斉に席の移動を開始した。
風弥の周りには六班の班員だった悠介、靖則、恭子、明日未が集まってきた。悠介と靖則が来るのは予想していたが、恭子や明日未まで来るとは思ってもいなかった。
さらに、同室だった康雄や圭太達の一斑と、英紀の三班も加わり、クラスの約半分を占める集団の円陣が完成した。
「ねえ、根本。あのかっこいい人!元希さんだっけ?今度紹介してよぉ!」
真正面にいる奈菜が、風弥に詰め寄る。ちなみに奈菜は三班の班長、ヒロは班員である。
「私、一緒にいたあの金髪の人がいいな。琴キレイだったし」
アンケートそっちのけで、奈菜の右隣に座るヒロは瞳を輝かせている。
「あっ、奈菜ちゃんずるい!私も元希さん!」
さらに奈菜の左隣に座る明日未も、負けていられないと参戦してきた。
「・・・そんな事言われたって無理だって・・・」
女子のパワーに負けて困り果てている風弥に、思ってもいない助け舟がやってきた。
「こら、三人とも!そういう事は、書く物書いてからにしなさいよ!」
隣の教室に配慮してか、人一倍仕切り屋の恭子が、シャーペン片手にあくまでも小声で怒鳴る。
「・・・恭子ちゃんだって磨雪さんの事気になっているんでしょ」
隣にいる明日未からの指摘に、恭子は反論できない。
「えっ、何?恭子、あのボケッとした人がいいの?」
信じられないと大げさな表情をする奈菜。恭子が僅かに眉をひそめた。
「そっか、母性本能をくすぐられるって訳ね」
「そんなんじゃないわよ!」
「あっそう。じゃあ何?」
奈菜は結構物事をズバズバと言う性格だし、恭子も負けず嫌いなのでよく口喧嘩に発展する。
こうなってしまうと歯止めが利かないが、結果としては女子達の関心は風弥から反れていったので、風弥は安心した。
第七話 弐へ