第七話 六

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第七話 六

 



元希はゆっくりとした足取りで自宅に向かっていた。大学から徒歩十分ほどの立地条件で、下宿用のアパートのため家賃は格安である。MDに耳を傾けながら、通りを歩いていればあっという間に着いてしまうのだ。
そして、いつもの階段をのぼると、自分の部屋の前に小さな人影があった。元希が目を細めて確認すると、どこかで見たことのあるうしろ姿だった。
「・・・風弥なのか?」
元希が独り言のように呟くと、その人物はこちらを振り返った。それは間違いなく風弥本人だった。
「どうしたんだ?珍しい・・・」
玄関の鍵を開けながら元希は訊ねた。
「・・・いいじゃん、何だって・・・」
風弥は理由を話そうとしない。
これは何かあったのだと、元希は即座に悟った。風弥は小さい頃から何か悩み事や、心配事があっても絶対他人に言わない。しかし、態度に出るので、すぐにわかってしまうのだ。
「折角来たんだから、お茶でも飲んで行けよ」
こういう時は、気づかないフリをするのが一番だと元希は心得ていた。


ゆっくりと時間は流れていた。紅茶から立ち昇る湯気だけが動いているいつもの部屋で、風弥と元希は向かい合いただ黙っていた。
「なあ、元希・・・」
口火を切ったのは風弥だった。
「なんだ?」
すぐさま元希が相槌を打つ。
「・・・何か喋れよ・・・」
「紅茶冷めるぞ」
「そう言う事じゃなくて!」
うつむいていた風弥が顔を上げた。元希はまっすぐと風弥を見つめている。
「俺に言いたい事があるんだろ・・・?」
風弥は押し黙り、気まずそうに視線をそらした。
「・・・・・・俺が悩んでるのって・・・そんなにわかりやすいか?」
「それはどうか知らないけど、俺はお前が赤ん坊の時から知ってるんだ。それくらいわかるさ」
風弥には耳の痛い話である。元希は自分のカップに手を伸ばした。
「・・・元希はさ・・・進路どうやって決めたんだ?」
「進路?」
カップを口に当てながら、元希は風弥に視線を戻した。
「俺、わかんないんだ。どんな高校行きたいとか・・・自分が何やりたいかとか・・・」
「美弥さん達は、何か言ってるか?」
「全然。俺、話してないもん・・・話せるほど考えてないし・・・」
「・・・・・・」
元希は静かにカップを置いた。
「それでいいんじゃないか?」
風弥には元希の言葉の意味が解からなかった。
「・・・は?」
「わかんなくっていいんじゃないか、って言ってるんだ。俺だってそうだったからな・・・」
風弥は自分の耳を疑った。
「えっ!元希が高校選んだのって、ドラムやりたいからじゃなかったの?」
テーブルに手をつけ、身を乗り出しながら風弥は問う。
「それは偶然ってやつだよ。吹奏楽があるからじゃなくて、吹奏楽があったからやったまでさ。おれが本当にドラムをやりたいって思ったのは高三になってからだもんな・・・」
風弥は口を開けたまま唖然としていた。
「それも、お前の一言が原因だし」
その瞬間、元希は自分の口を覆った。言わなくてもいいところまで言ってしまったからだ。
「・・・俺の?」
当の本人は記憶にないらしい。眉をひそめ、首をかしげる。
「どういう事だよ元希!」
「何でもない。忘れろよ」
必死に詰め寄るが、元希は口を割らない。風弥は拗ねて頬を膨らました。
「何だよ・・・気になるなぁ・・・」
仕方なく僅かなヒントを頼りに、自分で記憶の糸をたどるがどうしても思い浮かばない。
「元希が高三ってことは、俺小五だよな・・・何か言ったっけ・・・」
頭をかいたり、寝転がったりと風弥は落ち着かない様子だ。元希の方も、風弥に思い出して欲しくないのか、刺激しないように黙っていた。
そんな中、風弥は突然目を大きく見開いた。
「・・・・ひょっとして・・・えっ・・・」
どうやら思い出したようだ。あっという間に風弥の顔から耳までが真っ赤に染まる。
「嘘だろ・・・俺あの時はそんなつもり・・・」
言葉が上手く出なかった。元希も恥ずかしくなったのか、風弥に顔を向けることが出来ない。
「まっ・・・まあ、とにかく。やりたい事を見つけるために高校行くってのも、ありだって事だ。まだそんなに深く悩む事無いって!なっ!」
強引に話をまとめながらも、元希の顔もどんどん赤くなっていった。
互いに顔を見る事が出来ず、部屋全体に変な空気が流れている。


第七話 七へ