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第七話 七
二人は思った。このままでは間が持たない。
どうしようもなくなっていたその時、思わぬ助け舟がやってきた。
誰かがこの部屋のドアを乱暴に叩いたのだ。そして、勝手にドアが開き、大きな人影が二つ中に飛び込んできた。
「かくまってくれ!」
息を切らしたケンと、ケンに襟首を引っ掴まれた磨雪だった。磨雪を中に引き入れると、ケンは玄関のドアを閉め、さらに鍵までかける念の入れようだ。
一息ついてから、ケンは部屋の様子を窺った。
突然の来訪者に驚いたのか、風弥と元希はケンを見つめたまま暫く固まっていた。しかし、ふと我に返り、二人は互いに顔を見合わせると、再び顔を真っ赤に染め、下を向く。
「・・・何やってんだ?二人して・・・」
イマイチ状況の飲み込めないケンは目を丸くする。
「って、ケンこそ!一体何があったんだ?」
元希はケン達のもとに駆け寄る。ケンも一瞬忘れていた用件を思い出し、再び慌て出した。
「そうだ、追われてるんだよ!助けてくれよ!」
「追われてる?誰に・・・」
元希が問い返した瞬間、鍵がかかったドアノブがまわった。警戒する元希とケン。
「兄さん!ケンさん!そこにいるのはわかっているのよ!」
「その声・・・」
聞き覚えがある。風弥は立ち上がると、ゆっくりと玄関に近づいた。
「バカ、やめろ!チビ助!」
ケンの静止を振りきって、風弥は鍵を開けた。
玄関の外にいたのは、朋之と磨雪の妹『野魏実華』だった。
「フウさん!お久しぶりです」
また子供扱いされるのではないかと警戒していた風弥だが、その予想に反して実華は驚くほど礼儀正しかった。
「・・・あっ・・・どうも・・・」
拍子抜けした風弥は実華に一礼すると、玄関に倒れこんだままのケンに視線を落とした。
ケンは実華を見据え、恐怖に戦いている。
「ケンさん。私言いましたよね?」
実華は小さなタッパーを突き出した。中には磨雪の嫌いな、大粒のニンジンが五粒入っている。煮物の残りのようだった。
「これ、必ず兄さんに食べさせてくださいって!」
妹の意地。ケンにとってはとばっちり以外の何物でもないが、返答できずに黙り込んでしまった。実華は凄い剣幕で二人を睨みつけている。これでは誰でも逆らえないだろうと風弥は思った。
「まあまあ、落ち着いて、実華ちゃん・・・」
張り詰めた空気に割って入ったのは元希だった。実華は元希を見たとたん姿勢を正す。
「あっ、元希さん!すいません。お見苦しいところをお見せしました!」
丁寧にお辞儀をすると、実華は再び怒りの矛先をケンと磨雪に向けた。
「兄さんも子供じゃないんだから、いい加減好き嫌いしないの!」
しかし、磨雪は動じることなく、眠そうな表情をしていた。
これにはさすがの実華も呆れているようだ。
「実華ちゃん、ちょっとそれ見せてもらってもいいかな?」
元希はタッパーを指さしながら実華に微笑みかけた。実華からタッパーを受け取ると、元希はニンジンの大きさを確かめた。
「・・・これじゃあ、ニンジンが苦手な人には、ちょっと大きいんじゃないかな?」
そう言うと元希はタッパーを実華に返した。
「でも、いくら小さく切っても兄さん全然食べてくれないんですよ」
磨雪を横目で見ながら、実華が不満を顕にした。
「じゃあ、いっそのことすりつぶしてケーキにする、っていうのはどうだろう。ケーキだったらニンジンの甘味を生かせるし、クセもとれるから食べられるんじゃないかな」
「・・・ケーキ・・・ですか?」
驚いているのか、実華は目を丸くして元希を見つめていた。
「なんならこれから作ろうか?」
実華の顔つきが変わる。
「いいんですか?」
「俺は構わないよ」
「ありがとうございます!」
実華は深々とお辞儀をした。風弥達は二人のやり取りを呆然と眺めている。
「・・・どうした?お前達も上がれよ」
「おっ・・・おう・・・」
元希に促されて、ケンと磨雪は上がりこんだ。
「風弥も食べていけよ。なっ」
台所でエプロンをつけながら、元希は笑う。
風弥は素直に頷いた。
ケン達のおかげで、すっかり話の腰は折られてしまったが、気分は悪くなかった。
やりたい事を見つけるために高校行く。
風弥は元希の言葉を心の中で何度も反芻していた。
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