書庫目次に戻る
第一部目次に戻る
第九話 参に戻る
第九話 四
静まりかえっていた室内は急にあわただしくなり始めたが、風弥の頭の中は、たった一つの思考で占領されていた。
これから自分はどうすればいいのか。
そればかりを考えてしまった。
「えっと・・・『フウ』だっけ?」
ぎこちなく呼ばれた風弥は、思考を中断し声のする方を向く。
すると風弥の目の前に、あの智隼がいたのだ。それぞれが自分の仕事をやりだすと、客として来ている智隼は急に暇になってしまったらしく、居場所を探しているようだ。
急な出来事に、風弥の心臓が早鐘のように鳴り続ける。緊張、尊敬、そして恐怖。様々な感情が一瞬の内に、風弥の顔を真っ赤に染めた。
「えっ・・・ち、智隼さ・・・」
動揺してしまい、風弥は椅子から転げ落ちそうになってしまった。
「大丈夫か?」
智隼が肩を支える。風弥の顔はますます赤くなった。
「はっ、はい・・・」
憧れの人を目の前にして、風弥は完全に冷静さを失っている。
「俺、五十嵐智隼ってんだ。よろしく!」
智隼は風弥に握手を求めた。
「・・・ねっ・・・根本風弥です・・・」
風弥はドキドキしながら右手を出し、握手をかわした。
「随分いい色してんな、その髪の毛。自分で染めたのか?」
智隼は風弥の茶色い髪の毛を面白がって撫でる。
「いえ・・・これ地毛なんです。俺の祖母がフランス人なんで、そのせいらしいんです」
「へぇーかっこいいじゃん!俺なんか、結構がんばって染めてんのに、いいなぁ・・・」
智隼は羨ましそうに、そして、自慢げに銀髪をかきあげた。
「・・・俺、智隼さんに凄い憧れてるんです。その・・・ステージで歌う智隼さんカッコ良くて・・・俺なんか全然敵わなくって・・・」
頭の中は混乱していた。泣きそうなくらい嬉しいのは確かだ。もう何を言っているのか風弥は自分でもわからなかった。
そんな風弥を見つめていた智隼は、風弥のサングラスを外し、さらにまじまじと顔を見た。
あまりの近さに風弥は言葉を失う。
「あんなすげえ歌い方すっから、どんな顔してんのかと思ったけど、案外ちっこくて、かわいい顔してんだな!」
智隼は笑いながら風弥の頬を撫でた。
「智隼!手ぇあいてんなら手伝え!」
「・・・ちぇっ、今日は客として来てるっていうのに・・・」
ケンに呼ばれ、智隼は愚痴りながらも急いでステージに向かった。
智隼の言葉に、特に深い意味など無い。だが、風弥の顔がさらに赤くなったのは言うまでもなく、多分風弥が機械だったら、今ごろは完璧にオーバーヒートしていたであろう。
そして、冷静さを失っていた風弥は気が付かなかった。
・・・智隼が悲しそうな表情を浮かべた、ほんの一瞬に。
第九話 伍へ