書庫目次に戻る
第一部目次に戻る
第八話 八に戻る
第九話 壱
目まぐるしく時間は流れる。
どうにか中間テストを乗り切ると、すぐにライヴの話が持ち上がった。打ち合わせ、ビラ配り、そして練習。息つく暇も無く日付が変わっていく。
・・・風弥にとってはそれが良かったのかもしれない。
だが、その日事件が起こった。
朋之の様子がどこかおかしかった。とにかく落ち着かない。
風弥達がいくら声をかけても上の空で、話にならない。体に染み付いているのか、演奏に関してはノンミスだが、ステージ上から朋之は一心に観客席を見つめ続けていた。
花開く 蕾から
目を開く 彼方から
ゆっくりと ゆっくりと
あの日を想いおこして
あの花はなんだったかな?
そう 椿だ
真紅の衣を纏った君は
純白の中に一際美しく
僕に微笑みかけてくれた
花 芽吹く 種子から
恋 芽吹く 二人から
恥じらいと テレばかり
なんにもできなかったあの頃
あの花はなんだったかな?
そう 椿だ
真紅に頬を染めた君は
純白の吐息を輝かせ
僕に微笑みかけてくれた
アンコール最終曲『椿』の演奏中の時だった。何を思ったのか、朋之はいきなりステージを降りた。
勿論そんな演出など聞いていない。
演奏は中断、フウはマイクを握り締めた体制のまま固まってしまった。元希もドラムセットから抜け出し、最前列からその様子を窺う。
「あの、バカ!なにやってやがる!」
ケンはベースを降ろすと、真っ先にステージから飛び降り、後を追った。
女性達からの黄色い声援が飛び交う観客席を、朋之はただひたすらに走る。しかし、人が多すぎてなかなか思うように前進する事が出来なかった。
やっとの思いで朋之は背格好が同じくらいの男に嬉しそうに飛びついた。
「智隼!」
その場にいた全員が耳を疑った。
第九話 弐へ