第八話 八

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第八話 八

 



心臓だけが早鐘のように鳴り続けている。恐る恐る風弥が目を開けると、元希は先程と同じ姿勢のまま固まっていた。
「・・・元希?」
風弥に呼びかけられて、元希は我に返った。
驚きの一言だった。まさか風弥が目の前で歌ってくれるとは思ってもみなかった。
恥ずかしくて人前で歌えないと言っていた風弥が、自分のためにがんばって歌ってくれた。目を閉じたのは、顔を見たら歌えないと考えてとった方法だろう。
ただ嬉しかった。
元希はその気持ちを正直に拍手で表現した。
風弥の顔は照れて真っ赤になる。さらに動揺しつつも、机に置いておいた小さな小箱を元希に差し出した。
「・・・その・・・誕生日プレゼント・・・」
小箱は水色の包装紙に包まれ、金色のリボンが巻かれていた。先程かったばかりのプレゼントである。ここまで用意してくれたとは、元希は思ってもいなかった。
「開けてもいいか?」
風弥は黙って何度も頷いた。元希は金色のリボンに指をかけ、丁寧に包みをほどきはじめた。風弥は緊張した面持ちで、その様子を食い入るように見つめている。
白いボール紙の小箱を開けると、中には銀製の小さなピアスが入っていた。
「その・・・何買ったらいいかわからなくって・・・ピアスなら邪魔にならないかなって思って・・・えっと・・・」
決めた時には自信満々だったが、いざ本人を目の前にすると自身が無くなってしまい、弁明に近いような説明をしてしまう。風弥は一人で焦っていた。
そんな中、元希は今までつけていた青いピアスを外し、プレゼントされたピアスをつけた。クセのある黒髪の隙間から、僅かに銀色の輝きが覗いた。
「どうだ?似合うか?」
元希の問いかけに風弥は深く頷いた。
「ありがとう。風弥」
その言葉が風弥にとって何よりも嬉しかった。
「・・・そろそろ戻ろう。母さん達の料理出来たんじゃないか?」
照れているのを隠しながら、風弥は部屋のドアを開ける。
「そうだな。美弥さんのケーキ、成功しているといいな」
元希は廊下に出ると、風弥に微笑んだ。
「俺は失敗すると思う・・・」
きっぱりと断言する風弥。階段を下りつつ話は続く。
「おいおい、自分の親なんだから信じてやれよな!」
「そういう元希だって、ウチの母さんの料理フォロー出来ないだろ!」 元希は前回のケーキを思い浮かべた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
想像しただけでため息が出てしまう、風弥と元希だった。
こうして二人は再び火鳥家に戻り、それぞれの両親と共に元希の誕生日を祝った。
ちなみに料理の方は・・・あえて何も言わずにおこうと思う。


やはり、眠れなかった。明日は学校があると言うのに・・・。
最近、風弥は寝るのが怖かった。一人で暗闇にいると、感覚だけが冴え渡り、普段なら見えないものまで見えたり、考えたり、感じ取ってしまうからだった。
毛布に包まりながら、風弥は異様な寒気を肌に感じていた。
時は迫っている。
進路の件が落ち着いてみて、風弥は初めてあの夢のもう一つの警告に気が付いたのだ。
あの夢は・・・『フウ』に終わりを告げようとしているのだと・・・。
自分に何度も言い聞かせていた。いつかは終らなきゃいけないんだ。
最高の興奮を得られる、あのステージに。
『フウ』に・・・。
風弥は突然立ち上がると、部屋の電気をつけた。勉強机の椅子に腰をおろし、理科のノートを広げる。
テストも近い。何より勉強に集中すれば、余計なことを考える暇などなくなると思った。

・・・わかっているからこそ、風弥はもう少しだけ、あの感覚に浸りたかった。

風弥はシャーペンで額を小突きながら、夜が明けるのを待った。


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