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第八話 四
「ただいま!」
風弥の声は明るかった。自分の部屋に駆け上がると、そのままベッドに飛び込んだ。
ただ、嬉しかった。枕を抱えたまま、風弥はベッドを転がり回っていた。顔からは自然と笑みがこぼれた。
幸せに浸っていると、突然玄関にある電話が鳴った。
時間は三時。育生は練習場、美弥はパートに行っており、家の中には風弥しかいなかった。
階段を下って玄関に行くと、面倒くさそうに風弥は電話に出た。
「もしもし、根本ですけど・・・」
『あっ、風弥君?僕だよ、朋之』
声の主は一昨日と同じ朋之だった。風弥は反射的に姿勢を正す。
「こっ・・・この前はすいませんでした。断っちゃって・・・」
自分が動揺しているのがわかった。何を言われるのか気が気でない。
『ううん、気にしないで。それよりも風弥君!』
朋之は本題を思い出したらしく、口調が変わった。
「はっ、はい?」
たじろぐ風弥。しかし、朋之は構わず続ける。
『今、ケンさんがそっちに向かっているから、準備して待ってて!大至急だよ!』
「・・・えっ・・・」
一瞬思考が止まった。
「ちょっとどういうことですか?朋・・・」
理由を聞こうと思った風弥だが、既に朋之の手により電話は切られていた。
「・・・?」
風弥は訳が解からず、受話器を見つめたまま首をかしげた。
朋之の電話から三十分が経過した。風弥は迎えに現れたケンの車に乗り込み、指定された喫茶店『KUUKAN』に到着した。この店は、『花鳥風月』で世話になっている、ライヴハウス『space room』のオーナー『土倉耕二』が経営している。
このビルの地下にライヴハウスがあるので、風弥は何度も足を運んでいた。そして、『KUUKAN』も打ち合わせのために何度か行った事もある。
ケンの後に続いて風弥は店の中に入った。入り口のドアが開くと、ドアに取り付けてあるベルの音が心地よく響き渡る。それを合図に、店の奥から店員が小走りで近寄ってきた。
営業スマイルで出迎えてくれた店員は、バイト中の元希だった。
「いらっしゃいませ」
一瞬の間の後、風弥は噴出しそうになり口元を覆った。何度かこの店には入ったこともあったし、元希がバイトをしているのも知っていた。
しかし、こうして仕事中の元希を見るのは初めてだった。口元を押さえて笑うのを堪えていると、元希の顔から笑みが消えた。
「・・・何がおかしいんだよ・・・」
「だって・・・元希がいらっしゃいませって・・・」
従業員用の黒いエプロンをしているだけで、特に変な格好をしているわけではないのだが、理屈ではなかった。とにかく風弥にはおかしく感じられたのだった。
元希は不満そうだったが、二人を席へと案内する。茶色などのネイチャーカラーで統一された店内を進む。店の一番奥にある隅の席と、いつも場所は決まっていた。そこには既に、黙々とチョコレートパフェを口に運んでいる朋之が座っていた。
「遅いですよ!まったく・・・」
二人の存在に気づき、朋之は細長いスプーンを口元に当てたまま、頬を膨らませ子供のように拗ねた。
「これでも急いで来たんだ。いきなり呼び出しておいてそれはないだろ!」
ケンは朋之の向かいの座席に座りながら不満をぶつける。風弥はその脇に腰を下ろした。
「これで全員揃いましたね!」
パフェを食べ終えて、朋之はスプーンをテーブルに置いた。
「で・・・何の用だよ?」
律儀にメニュー表を見ながらケンが問いかける。脇には注文を受けるために元希が待機していた。
「それがですね、聞いて下さいよ!」
待ってましたとばかりに、朋之がまくし立てる。風弥達は一斉に朋之に視線を向けた。
「智隼、もう退院してたんです!」
思ってもいない答えだった。風弥の思考が混乱する。
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