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第八話 六
テスト勉強を終えてベッドに潜り込んだ風弥だったが、嫌がおうにも目が冴えていた。
寝床に入ってから時間の感覚がなくなっていた。多分いや、確実に日付は変わっている。
今日が『元希が帰ってくる日』という理由だけではなかった。
昨日の事が頭から離れなかった。仰向けになり、腕枕を組んだまま微塵も動かず、ずっとずっと、ひたすらに考え続けていた。
元希やケン、朋之のことを思うと一刻も早く智隼には戻ってきて欲しかった。しかし、それは『フウ』の役目が終り、自分が『花鳥風月』の一ファンに戻ることでもあった。
風弥は横になったまま、右手を広げ天にかざした。
部屋の中は真っ暗だった。感覚だけが頼りだ。
今『フウ』という存在が無くなったら・・・『歌う』という事がなくなったら・・・
「・・・俺は何がしたいんだろう・・・」
風弥は机の上にあるコンポに視線を移した。最後に聴いたのは、楽しみにしていた修学旅行の前日。興奮して眠れなかった時だった。
それ以来、『花鳥風月』の・・・『五十嵐智隼』の歌声を耳にしたいとは思わなかった。少し前までは何度聴いても飽きなかったのに。
風弥は認めたくなかった・・・それは『フウ』を守りたいという、『風弥』の心の訴えなのかもしれないと。
その日、元希は昼過ぎに火鳥家に姿を表した。
「あら、元希君。しばらくね、元気してた?」
玄関で出迎えたのは、料理作りを手伝いに来た美弥だった。元希の母親、希理子よりも幾分小柄で、風弥にも遺伝された茶色い髪の毛を一つにまとめ、ピンクのチェック柄のエプロンを身にまとっていた。
顔は正直なところ、あまり風弥と似ていないが、笑顔は雰囲気がそっくりだった。
「どうも・・・あの・・・風弥、一緒じゃないんですか?」
家の中に風弥がいる様子が無い。もう来ているものだと思っていた元希は、面食らってしまった。
「それがね、朝から部屋にこもりっきりで、出てこないのよ・・・」
「・・・え?」
「あっ、べつにそういうことじゃなくってね。多分探し物でもしているんじゃないかしら?色々と賑やかな物音が聞こえてきたし・・・」
不安そうな元希を察してか、余計な誤解を与えないため、美弥は弁明する。
「・・・ごめんね。いつも風弥が迷惑ばかりかけて・・・」
美弥は風弥の進路に関する一件に勘付いているようだった。
「そんなことありません。大丈夫です」
元希は笑顔を貼り付け、必死にごまかす。
「ありがとう。元希君」
にっこりと微笑むと、美弥は台所に向かった。希理子の手伝いをするために。
「・・・・・・」
美弥が去ると、元希は不安げな表情をあらわにした。
母親二人が楽しそうに食事の準備をしている時、元希は暇を持て余し、リビングでお茶を飲んでいた。何気なくテレビの紀行番組を観ていると、その番組は偶然京都を映している。
「元希と風弥君、先週京都行っていたんでしょ?どこかに映っていたりして・・・」
隣の台所から元希の母親『火鳥希理子』がからかう。
「あのなぁ・・・。これ再放送の夏の番組だから俺達が映っているはずないの!」
元希は呆れた顔で呟く。
「わかっているわよ。ムキになっちゃって、かわいいんだから」
美弥といい、母親は強い。いつになっても母には敵わないと悟った元希だった。
第八話 七へ