第五話 四

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第五話 四


 

「あら、ケン。どうしたの?そんな物持ち出して・・・」
ケンが抱えている筝の一式を見て、鶴祗が首をかしげた。先程の寂しそうな表情を幻と感じさせるくらいに明るい顔で。
「・・・ちょっといいか?」
入り口に筝を壁に立てかけ、琴台を手近な棚に置く。少し緊張した面持ちで、ケンは大きく深呼吸してから、風弥の両肩に手を置き、鶴祗の前へと引き出した。
「・・・ケンさん?」
風弥は訳が解からずにケンを見上げる。ケンの表情は真剣そのものだった。
「俺はバンドやめないからな!」
ケンはきつく鶴祗を睨みつけた。
「・・・それで?」
「こいつの歌を聴いて欲しい・・・マジ凄いぜ・・・」
この瞬間、風弥は協力の意味を理解した。
「・・・ちょっ・・・待ってよケンさん!」
慌てて抗議する風弥。しかし、ケンは全く相手にしない。
「成る程・・・百聞は一見にしかず。歌で私を説得する気なのね」
鶴祗はすぐにケンの考えを察した。
「さすが姉貴、わかってるじゃん・・・」
ケンはにやりと笑った。そして、伴奏用に持ってきた筝に手をかける。
「待って、ケン」
筝の準備を始めたケンに、突然鶴祗がストップをかける。何事かとケンは目を丸くした。
「折角だから、こっちからも条件をつけさせて貰おうかしら・・・」
「・・・条件?」
鶴祗は壁にかかっている時計に目を向ける。六時半と少しまわったところだった。
「今、大広間で中学生の団体さんの夕食が入っているの。その団体さんの夕食後に私の友達が芸事を披露する事になっているんだけど・・・」
「・・・前座って訳か」
「さすがケン、わかっているじゃない」
「ダメ!」
ケンが了承する前に、風弥が割ってはいる。
「何でだよチビ助!」
「ダメッたらダメ!」
風弥は譲らない。とんでもないと首を横に振る。
「同い年くらいの観客なんて、ライヴと大してかわらないだろ?」
何故風弥が拒否するのか、ケンはわからなかった。
「その中学生って、俺の学校だよ!絶対!」
風弥が赤面しながら怒鳴り散らす。それはまさに風弥が楽しみにしていた旅館の出し物の事だった。まさかの展開にケンの動きが止まる。
「・・・俺、音楽の時間恥ずかしくてロクに声も出せないんだぜ・・・どうやって歌えって言うんだよ・・・」
耳まで真っ赤に染めた風弥はうつむいた。
「でも、お前ライヴじゃ・・・」
「あれは・・・『風弥』じゃなくて『フウ』だから・・・」
風弥はそう呟くと押し黙ってしまった。ケンは困った表情で頭をかく。
「・・・ふうや?・・・ふう?」
鶴祗はイマイチ状況が飲み込めずに、首をかしげる。
「こいつ、ライヴの時グラサンで顔隠してるんだよ・・・」
簡潔に説明するケン。鶴祗は頬に手を当てて、暫く思案した。
「・・・ふうん・・・つまり、風弥君だってバレなければいいのね。それだったら心配ないわ・・・」
明らかにたくらんだ笑いを浮かべる鶴祗。ケンは背中に悪寒を感じ、本能で風弥を引き寄せた。
「・・・風弥、後で何でもおごってやるから、ここはおとなしく姉貴に従ってくれ・・・」
ケンは深刻な表情で、鶴祇に悟られないように耳打ちした。この意味深な発言は風弥のこれからの運命を予言していたのである。
「なんか・・・俺達の出る幕じゃなさそうだな・・・」
傍観者と成り果てた元希の呟きに、磨雪は小さく頷いた。


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