第五話 伍

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第五話 伍


 

大広間での夕食は終盤だった。殆どの生徒が食事を終えて、思い思いにくつろいでいた。その一角で悠介は隣にある全く手のついていない膳を見つめている。
「食いたいなら、食っちまえよ」
靖則が脇からそそのかす。それは風弥の分の夕食だった。
「・・・別に食いたくて見ている訳じゃねえって・・・」
「池田君は、根本君の事心配してんのよ!それくらい解かりなさいよ!」
食後のお茶を飲みながら、恭子が代弁した。靖則は反省して肩を落とす。
「そっか、それ風弥の分か・・・」
悠介の背後から誰かの声がした。しかし、悠介は振り向かずともその声の主を知る事が出来た。斜め向かいに座っている明日未の顔を見れば・・・。
「元希さん!」
明日未の目が輝いた。周りに座っている生徒も突然の来訪者に呆然としている。
「風弥の具合どうですか?」
真っ先に質問をぶつけたのは悠介だった。
「・・・大丈夫。心配するなって」
不安を吹き飛ばすように元希が笑った。それを見た悠介は緊張が解け、安堵の溜息をつく。
「そっか・・・なら良かった・・・」
悠介の表情を確認すると、元希は突然鍋付きの膳を軽々と持ち上げた。一同が唖然と見つめる。
「そろそろ腹が減ったって騒ぐ頃だからな・・・大丈夫、広田先生には言ってあるから」
これが元希の用事だった。何気なく元希が大広間の時計に目を移すと、七時四十六分を指していた。
「じゃあ、またな」
元希が大広間から去るまで、悠介は見送った。
「よかったな。悠介」
にやりと笑いながら靖則が脇腹を小突いた。悠介は小さく頷く。
「・・・池田君と森村君さぁ、なんか、友情って感じだね・・・」
瞳を輝かせた明日未が頬を赤く染めたまま、恭子に声をかける。
「そうだね・・・」
相槌は打ったが、恭子は明日未に視線を合わせず、辺りをせわしなく見渡している。
「・・・どうしたの恭子?」
明日未の反対隣に座る相部屋の『上野ヒロ』が声をかける。
「ずっと気になっていたんだけど、今日やけに人が多くない?」
明日未とヒロは辺りを見回した。恭子の言う通り、大広間の従業員の数は昨日の倍近くいた。だが、特別忙しいわけでもなく、壁際に立ち談笑している様子だった。
「きっと見物よ。け・ん・ぶ・つ」
今度は恭子の反対隣の『安藤奈菜』が会話に参加してきた。
「ほら、今日の予定でこれから旅館の出し物があるでしょう」
ジャージのポケットからしわくちゃのしおりを取り出し、予定表のページを指す。それから大広間の舞台に視線を向けた。
「仲居さん達もきっとこれが目当てなのよ」
「そっか・・・さすが奈菜ちゃん!」
明日未が素直に感心している。ヒロも同意見らしく頷いた。

しかし、恭子の表情は晴れなかった。直感だった。何かが気になった。


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