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第五話 参
鶴祗の言った通りケンは中庭にいた。葉桜を見上げ何かを思案しているような面持ちだった。
後方からいくつかの足音が聞こえてきた。ケンはゆっくりと振り返る。
「・・・元希」
驚いたようにケンが呟く。新緑の中に元希は肩で息をしながら立ち尽くしていた。風弥と磨雪も追いついて来たが、走って来た為大分息が上がっていた。
「なんて顔してんだよ」
ケンがクスリと笑う。元希は指摘をうけ、眉間のしわを手で擦った。
「姉貴に何言われたんだ?」
「・・・別に何も・・・」
「嘘つくなって、バレバレだぜ。元希はすぐに顔に出るからな」
元希はとっさに顔を覆った。ケンはますます笑う。
「ほら、そんな感じだ」
「ケンさん!」
突然、風弥が歩み寄る。ケンは視線を小柄な風弥におとした。
「今すぐ帰ったほうがいい!鶴祗さん、ケンさんにバンドやめさせたいと思ってるんだ!」
「知ってる。ていうか、同じ事言われたんじゃねえか・・・」
ケンはまるで、風弥の言動を予想していたように落ち着きはらっていた。
「へ?」
風弥は目を丸くした。ケンはいつもの笑顔をつくり、風弥の頭を撫でる。
「なあ、ちょっとばかし協力してくれないか?」
「協力?」
意図がつかめない風弥は首をかしげた。
ケンは風弥達を連れて、旅館の裏手にある屋敷の門をくぐった。
「ここは・・・」
風弥は辺りを見回した。竹林に囲まれ、和の空気を漂わせる屋敷だった。
「心配するな、ここは叔父さんの家だ。今はみんな旅館の方に行ってるから誰もいない」
玄関には鍵がかかっていたが、ケンはポケットから合鍵を取り出し扉を開けた。
「何でそんな物を・・・」
疑いの眼差しで元希は合鍵を指さす。
「俺、昔ここに住んでいたんだ」
靴を脱ぐと、ケンは一目散に奥から二番目の部屋のふすまをあけた。
「俺が小五の時、二親が交通事故でいっぺんに死んじまってさ・・・」
ケンは淡々と語りだした。
「・・・俺と姉貴は親父の弟・・・つまり叔父さん夫婦に引き取られて、ここに来たんだ」
中に入ると、がらんとした六畳の和室に、鮮やかな丸袋に包まれた十七弦と十三弦の、大小二つの筝が立てかけられていた。今は空き部屋のようだが、どうやらここは、元々ケンの部屋だったようだ。
「叔父さん夫婦には子供がいないから、俺達を本当の子供みたいに面倒見てくれた」
ケンは押入れを開けて、中から演奏時に筝の支えにしる琴台と、手の平の半分ほどの小さな袋を取り出す。
「姉貴は高校行ってから、叔父さんの経営している旅館を手伝っているけど、俺は中学卒業と同時にここを出た・・・」
小さな袋は上着のポケットにしまい、小さい方の筝と琴台を抱えケンは立ち上がった。小さいと方とはとはいえ、筝は持ち運びにはいささか不便である。ケンは、壁にぶつけないように慎重に屋敷の廊下を通過した。
「・・・それ以来今日まで、ここには・・・京都には一度も戻ってなかった」
「・・・何で・・・」
突然、後に続く元希が口を開いた。
「・・・何で、今まで黙ってたんだ?」
寂しげな元希の瞳が、ケンを見つめる。ケンは肩をすくめて笑った。
「・・・ごめんな・・・黙ってて」
少し困ったように眉をひそめ、素直に謝るケン。
「・・・別に謝って欲しい訳じゃ・・・」
そういう事じゃなくて・・・。返答に不満な元希はさらに追求にかかる。
「もうやめようぜ、辛気臭くなっちまうからさ!」
ケンはいつもの笑顔で話をはぐらかした。
玄関の鍵を閉めると、四人は旅館に向かった。
ケンは笑顔をふりまいていたが、その影の暗い部分を見てしまった風弥達には、なんとなく重たい空気が圧し掛かっていた。
第五話 四へ