書庫目次に戻る
第一部目次に戻る
第五話 壱に戻る
第五話 弐
渋々写真を覗き込んだ風弥だが、見たとたんに噴出し、腹を抱えて笑い出した。さっきまでの不機嫌が嘘だったみたいに、畳にへばりついて肩を震わせている。
驚いたのは元希達だった。てこでも動かなかった風弥があっという間に笑い出す。何かの魔法ではないかと思った。
不思議そうに見つめる視線に気がついた鶴祗は、元希と磨雪に向かって手招きをした。二人は興味津々で近づいていく。
そして、二人も写真を見たとたん、風弥と同じように笑い出した。
元希は目にうっすらと涙を浮べ、苦しそうに腹を抱えていた。隣にいる磨雪も、風弥や元希程ではないが、肩を震わせて笑い声を立てている。普段の磨雪を知っている者から見れば、国宝級のかなり珍しい貴重な光景だった。
「どうしたんだよ、みんなして・・・」
ケンは気味悪そうに、ふすまにへばりついた。
「・・・だって・・・ケンさん・・・」
ちらりとケンの様子を窺うと、風弥は思い出したように涙目になって再び笑いだす。
「元希!」
風弥では話にならない。ケンは、元希に返答を求めた。しかし状況は大して変わらなかった。
「・・・何があったってんだ?」
ケンは混乱して頭を抱えた。
「・・・ケン・・・お前、そんな趣味が・・・」
元希が笑い声からかろうじて言葉を絞り出した。ケンの顔がみるみる青ざめていく。
「・・・まさか、その写真・・・」
写真を指さすケンの手が恐怖で震えていた。鶴祗がにやりと笑いながら写真を裏返す。それは紛れも無く、ケンが中学二年生の時に鶴祗によって、無理やり舞妓の格好をさせられた時の写真だった。ケンにとって思い出したくない過去の一枚であるのは、言うまでも無いことだろう。
「そんなもん見せんじゃねぇ!」
ケンは赤面しつつも思い切り鶴祗を睨みつけた。しかし、鶴祗は全く動じない。
「何?文句ある?」
鶴祗は自信たっぷりに、写真を振りケンを挑発する。ケンは迫力負けして後ずさりした。
「そんなんで私に勝とうなんて百年、いや一万年早いわね」
勝利者鶴祗は余裕たっぷりに言放つ。ケンの完敗であった。
ケンは歯軋りをすると、悔しさのあまり部屋を飛び出した。
「ケンさん!」
風弥が後を追うために立ち上がる。
「大丈夫よ。行く場所は決まっているんだから。じきに戻ってくるわよ」
鶴祗は平然とお茶を注いでいた。
「どうぞ」
笑顔でお茶を勧める鶴祗。ケンの事は心配だったが、とりあえず風弥は言われた通り、座りなおした。
「私、『美咲ケン』の姉『美咲鶴祗』と申します。いつも弟がお世話になっております」
改まった態度で挨拶をする鶴祗。
「こちらこそ・・・『火鳥元希』です」
慌てて元希が名乗る。
「・・・『野魏磨雪』です」
続いて磨雪が一礼する。
「ねっ、『根本風弥』です・・・」
ついでに風弥も挨拶した。
「やっぱり、君達だったんだ。ケンから話は聞いたわ、バンドやっているんだって?」
三人にお茶を配りながら淡々と語る。
「はい・・・俺と風弥もメンバーの一人です」
「そっか・・・」
鶴祗の顔からはさっきまでの笑顔が消えていた。一瞬ためらってから、真剣な眼差しで風弥達を見る。
「・・・こんな事をあなた達に頼むのは酷かもしれないけど・・・単刀直入に言うわ」
鶴祗は真っ直ぐに風弥達を見据える。風弥は思わず姿勢を正した。
「あなた達に・・・ケンがバンドやめて京都に戻ってくるように説得して欲しいの」
風弥は言葉に詰まった。元希の眉が僅かにつりあがる。
「どういう事ですか?」
驚きと怒りが混同したような表情で、元希は鶴祗を見つめる。
「・・・どういう事もないわ、言葉の通りよ・・・」
元希と鶴祗が一触即発の体勢に入る。風弥は戸惑った。
「・・・俺、ケンを連れて来ます」
均衡を破り、元希が立ち上がる。
「元希!」
空気がもたない。風弥と磨雪も後に続いた。鶴祗は動かない。
「・・・中庭にある桜の木の辺りにいると思うわ」
落ち着いた表情で、鶴祗は言い放った。元希は返事をせずに、黙って引き戸に手をかける。
風弥はチラリと横目で鶴祗の様子を窺った。
鶴祗は頬杖をつき、ぼんやりと遠くを眺めていた。・・・どこか寂しそうに・・・。
第五話 参へ