第五話 壱

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第五話 壱

 

 

時計は丁度六時を指していた。
ここは嵐山にある旅館『はなかがり』の一室。落ち着いた雰囲気漂う室内とは反対に、そこにいる四人は緊張と沈黙に包まれていた。
「・・・・・・」
その原因である風弥は、眉間にしわを寄せたまま無言でお茶を飲み干した。
「そろそろ機嫌治せよ・・・な?」
元希が腫れ物に触るかの如く、風弥に話し掛ける。
「・・・・・・」
風弥は黙って湯飲みを差し出す。元希はこれ以上、機嫌を損ねないように新しいお茶を風弥の湯飲みに注いだ。
風弥の気分は最悪だった。


それは小一時間前、ロビーで起こった出来事が全ての原因だ。
ケンを追って京都に来たという、元希、磨雪と嵐山で偶然再会したと思ったら、今度は宿泊している旅館のロビーでケンと再会。しかも、その旅館の若女将がケンの実の姉『美咲鶴祗』だったのだ。
あまりに唐突すぎる目前の現実、そして、昨晩の寝不足も相まって、風弥はそのまま倒れてしまったのである。意識を失った風弥は、とりあえず元希と磨雪が泊まるこの部屋に運ばれたが、それからが大変だった。
担任の広田が風弥の様子を確認しに来たのだが、元希を見るなり懐かしんで世間話を始めるし、お見舞いと称した恭子と明日未が、同じ部屋の女子を引き連れて来て勝手に大騒ぎする始末。恭子達は担任である広田が追い返したからいいが、広田本人は元希と当時の思い出話を延々と語っていた。
最後に広田は、風弥の体調が回復するまでここにいても良いように、校長先生に話をつけておくと言いこの部屋を去って行った。
その間、風弥は意識を取り戻していたが、隣の部屋でやり取りの一部始終を耳にしていた。
ぶっ倒れたあげくに、こんな騒動に発展するなんて・・・風弥は申し訳ないのと情け無いのとで頭がいっぱいだった。


風弥は部屋の片隅にある自分の荷物に目をやった。起きてきた頃には、悠介と康雄の手により荷物が運ばれていたのだ。これにより、風弥は完全にみんなと切り離されてしまった。
今日の夜は夕食後に、旅館が企画した出し物があり、風弥はそれを楽しみにしていた。それなのに、これでは戻るに戻れない。誰のせいでもないだけに辛かった。
元希達は、どうにか風弥の機嫌を元に戻す事は出来ないかとあれこれ模索したが、完全にお手上げだった。
元希が再び事態の打開に動き出そうと思った時、閉めきっていたふすまが外から開いた。
見ると鶴祗が座り一礼をしていた。
「具合はどう?風弥君」
形だけの挨拶を済ませると、鶴祗はすぐに風弥の元に駈け寄った。風弥の眉間には大きなしわが寄ったまま、微動だにしない。
「あーあ、そんなんじゃ、折角のかわいい顔がもったいないよ」
鶴祗が風弥の頭を撫でた。さすがの風弥もこれには僅かながら反応を示す。
「面白い物持ってきたから、機嫌治そうよ」
そう言うと、鶴祗は懐から一枚の写真を取り出した。そして、風弥にだけこっそりと見せる。i-ni

 

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